「彼女は千里眼で地獄耳」
原作93
「千里眼で地獄耳な彼女ってサイアクだな」 きょとんと聞き返したジョーに、彼の悪友たちはやれやれと肩をすくめた。 「決まってるだろ」 すぐばれるからなと続けた。 が。 「なんで浮気するんだい?」 *** 千里眼で地獄耳の彼女。 何しろ、何も聞き逃さないから繰り返して言う必要はないし、忘れ物だってすぐに見つけてくれる。 うん。サイアクじゃなくて最高だ。 なんだかウキウキしてきた。 キッチンにいたフランソワーズに声をかけた。 「おかえりなさい」 声だけこちらに向けられた。 が。 「――っ!」 ジョーは瞬間、跳び退った。 「なっ…」 確かに、揚げて盛ってあったエビフライをつまもうとしていた。が、彼女は背中にも目があるのだろうか? 「わかった?」
「ああ、サイアクだな」
「…なんで?」
「浮気できねーじゃねえか」
「はぁ?ジョー、お前何言ってんだ」
「浮気は男の甲斐性だろ」
「…ふうん」
「なんだそのヒトゴトみたいな顔は」
「だってさ。浮気しないから」
「彼女ひとすじってか?よせよせ、遊べる時に遊べよ」
「うん。でももういいんだ」
「…そんなにいい女なのか」
「いい子だよ」
「なんだよ、紹介しろよ」
「いいけど、…千里眼で地獄耳だよ?彼女」
本当にサイアクだろうか。
否、便利でいいじゃないか――とジョーは思う。
それに何よりカワイクて美人だ。
そうだ。僕の彼女は千里眼で地獄耳でしかも美人の最高の彼女なんだ。
どうだ、いいだろう。うらやましかろう。
「ただいま」
夕食前に帰ってくると約束していたのでそれを守ったことを知らせたのだ。が、おそらく彼が帰宅したことなどとっくに視て知っていただろう。
フランソワーズは振り返らず鍋をかき混ぜ何かを作っている最中だった。
彼が立っていた場所には菜箸が突き刺さっていた。
「まったくもう、つまみ食いは駄目っていつも言ってるでしょ?」
それに菜箸が床に刺さるほど全力で投げるのってどうだろう。
「…ハイ。ごめんなさい」
千里眼で地獄耳の彼女――って、やっぱりどうなのかな?