「ごめんね、フランソワーズ」

 

 

胸元の濡れたような感触で初めて気付いたなんて、我ながらどうかしていたと思う。

いくら防護服の色が保護色だったとはいえ。
偽物の血液は鉄の匂いがしないからとはいえ。

あんなに流れるまで気付かなかった僕は、豆腐の角に頭をぶつけてどうかなってしまえばいいんだ。
日本語に不慣れなきみは、意味がわからずきょとんとした瞳を向けるだろうけれど。

つまりこれは、僕がとんでもなく間抜けという意味なんだ。

 

 

「ほんと、バッカじゃないの!?」

 

・・・容赦ないなあ。
そう言われるだろうと思ったけど、僕は怪我人なんだからもう少し手加減してくれてもいいと思うんだけど。

そんな僕の心の声が聞こえたのか、蒼い瞳が燃え上がる。

 

「イワンが起きなかったらどうなっていたと思う!?」

 

いいじゃないか。起きたんだから。

 

「それは、あくまでも結果論でしょ!」

 

・・・怖いなあ。今日のフランソワーズは。

 

「胸を撃たれたのに気づかないなんて!」

 

そうなんだ。
僕の右胸は撃たれた。
その結果、循環オイルというニセモノの血液が染み出したというわけ。

 

「ほんとに、バカなんだから!」

 

そう言われても、本当に気付かなかったんだ。
自分が撃たれて出血していることに。
全然、痛くなかったし、そもそも撃たれた衝撃も記憶にない。

 

「まったくもうっ、聞いてるの!?」

 

聞いてます。

 

「・・・もうっ!いつもそんな平気そうな顔して無茶ばっかり!」

 

本当に平気だからと言ったら、きみは怒るだろうか?

 

「・・・もう、いや。こんなのは」

 

あ。

やばい。

 

「・・・ひとの気も知らないで」

 

ち、ちょっと。フランソワーズ?

 

「気付かなかった私がいけないのよね。ジョーがバカなのはわかっていたんだから、私がしっかりしなくちゃいけなかったのに」

 

おいおい。あまりな言い分じゃないか。

 

「でも、知ってたら、自分で歩いてたわよ」

 

・・・きみには無理だったと思うよ。

 

「あんなに気が動転したのは初めてだったわ」

 

そうして、自分の肩を抱いて黙りこむ。

 

 

きみを救出に向かう途中で撃たれるなんて、とんだドジを踏んだ僕。

更に、それに気付かずきみを抱いて足場の悪い場所を走り、途中できみに気付かれた。出血しているということに。
そして、降ろせと暴れるきみを抱き締めたまま、足場の悪いそこから落下した。
溶岩池に向かってまっさかさまに。

イワンがいなかったら、僕は今頃ここにはいなかっただろう。

墜落する途中、抱いていたフランソワーズを渾身の力で上空へ放り投げた。
そして僕は意識を失った。

イワンに助けられ、ここメディカルルームの住人になってから三日が過ぎていた。
フランソワーズは毎日、説教をしにやって来る。
いつも同じ事の繰り返しにもかかわらず。

彼女の顔をみるたびに、やっぱり僕は豆腐の角に頭をぶつけておくべきだったと思う。

 

私がもっと早くあなたのケガに気付くべきだったと自分を責めるきみ。
出血多量の僕がきみを助けるためにきみを手放した事も許してくれない。

まったく、僕はとんだ間抜けだよ。

本当なら、きみを颯爽と救出していたはずなのに。
なのに、こんなに心配をさせてしまっている。

 

「今度はこんなドジは踏まないさ」

 

かっこよくキメたのに。

フランソワーズは僕の両頬をつかんで引っ張った。

 

「どの口が『今度は』なんて言ってるの!」

 

痛いよ。僕は怪我人なんだから手加減してくれよ。

 

「今度やったら許さない。絶対絶対、許さないんだから!」

 

ああほら。

涙がひとすじ。

 

「・・・そうだね」

 

今度、同じ事態に直面したら、僕は怪我がきみにみつからないように注意するよ。
そうすれば、きみをこんなに泣かせなくてすむかもしれない。

 

「ジョーのばかっ。そんなことで泣いてるんじゃないわ!」

 

じゃあ、なんだろう・・・と言ったら怒られた。
怒りついでに僕の怪我してない方の胸におでこをつけて、

 

「無茶しないで」

 

・・・うん。

 

ごめんね、フランソワーズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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