「初観戦」

 

 

「・・・雨だな」
「雨ね」


鈴鹿サーキットはざあざあ降りの雨のなかに在った。そのなかを疾走してゆくハイテクマシン。
雨のカーテンは霧となって彼等を包み視界を奪ってゆく。

「よくこんな所を走れるわね」

フランソワーズは呟くと、観客席に向かった。

「んあ?おおい、フランソワーズ。パドックはこっち」
「いいの。行かないわ」
「え?なんだって?」

マシンの音に消されてしまい、会話が成り立たない。
フランソワーズは苦笑すると、少しだけ戻って再び言った。

「パドックには行かないわ!」
「しかし、それじゃ・・・」
「あなたひとりで行ってちょうだい、ジエット」
「しかし、そんなわけには」
「いいの。ジョーは後でこっちに来てくれることになってるから!」
「いやしかし、荷物・・・」
「大丈夫。私ひとりで持てるわ。いつもそうしてるんだし」

なおも心配そうなジエットにウインクひとつ。

「意外と力持ちなのよ、私」
「あ、ああ・・・」

生返事のジエットから荷物を受取り、器用に肩に掛けてゆく。

「ほら。あなたはお友達に会うんでしょう?」
「本当に大丈夫か」
「ええ」

そこまできっぱり言われるとジエットとしては引き下がるしかなかった。

 

 

 

 

予選が終わって随分経った頃、やっとジョーがやって来た。
既に観客席には人影はまばらだった。

そうっと影のように隣に腰を下ろしたジョーに、フランソワーズは笑いかけた。

「お疲れ様」
「うん。・・・大丈夫だった?」
「ええ。ちゃんと防音もしたし」
「・・・なら、いいけど」

ジョーとしては複雑だった。
サーキットで自分の走りを見て欲しい気持ちと、エンジン音に耳がやられてしまわないかという不安な気持ち。
どちらも譲りがたく、今日を迎えてしまった。

「・・・ちゃんと見えたかな」

覗き込もうとするジョーの手をブロックして、フランソワーズが怖い顔で言う。

「ジョー。サングラス」
「えっ?・・・あ」
「もう。そんなのしてたら、あなたなんて知らないおじさんよ?泣くわよ?」

ジョーは慌ててサングラスをむしりとった。そうして今度は断固として手を伸ばした。

「・・・マシンの音なんて、子守唄だったみたいよ?」
「そうか。・・・起きないかな」

少し残念そうに見つめる腕のなか。
その声に反応したわけではないだろうけれど、結果的にはジョーの声で目を開けたみたいになった。

空色の瞳がジョーを見つめる。
ジョーはなんとも嬉しそうに微笑んだ。

「ほら、フランソワーズ。僕たちは相思相愛だ」
「そうね。妬けちゃうわ」

ジョーはフランソワーズの頬にキスしてから、腕のなかの彼女に話しかけた。

「見てただろ?君のパパは明日、一番前だ」

彼女が笑う。

「約束するよ。一番で帰ってくるって」