「決戦前夜」

 

 

「フランソワーズ、明日の時間だけど…」


寝る前に、ジョーは明日のミッションの時間を確認しようとフランソワーズの部屋をノックした。
すぐにドアが開いたのでそのまま勢い込んで話し出した…の、だが。

「フランソワーズ、だめじゃないか!」

「何が?」

きょとんと首を傾げる彼女に舌打ちし、ジョーは慌てて部屋に滑り込むとドアを閉めた。

「そんな格好でドアを開けるな」
「え、だってもう寝るところだったから」

フランソワーズは既にネグリジェ姿だった。
深夜である。
自分の部屋で寝る支度をしているのは至極当然のことであり、責められる筋合いはない。
が、ジョーが怒るのももっともと言えばもっともだった。

「ったく。僕だったからいいが他のヤツだったら…」
「あら、大丈夫よ。ちゃんとジョーだって知ってたもの」
「だからといって不用意にドアを開けるな。誰か廊下を通るかもしれないんだぞ。上に何か羽織るとか、やりようがあるだろう」
「大丈夫よ」
「いや、大丈夫じゃない」

ジョーは一歩進み、フランソワーズとの距離を縮めた。

「ソレ、どのくらい透けるのかわかってないわけじゃないだろう」

確かに。
フランソワーズが着ているのはごくごく薄い素材で体のラインはもちろん下着も透けて見えている。

「んー、でもジョーじゃなかったら開けないから…」
「絶対?ついうっかりなんて許さないよ」
「もう、ジョーったら。どうしてそんなに怒ってるの」
「それは…」

ジョーはつんとフランソワーズの胸をつついた。

「やっ、なによジョー」
「透けて見えるんだよ」

そう言うとジョーはフランソワーズの頬に手をかけ、そのまま唇を重ねた。
おやすみのキスかしらとぼんやり考えたフランソワーズは、すぐにそうではないと悟った。
怒っているジョーのキスはいつだって少し強引で激しい。

少しして唇を離すと、ジョーは険しい声で言った。

「ほら。こんなふうになるのがわかる…」

ジョーはフランソワーズの胸の先が生地を押し上げているのを指先で指し示した。

「そんなの、ジョーがなにもしなかったらそうならないわ」
「関係ないよ」

そういうことを言ってるんじゃないんだと呟くと、ジョーは指先でその先端に触れた。なぞるように。

「やっ…ジョー…」

フランソワーズが逃げるように一歩下がる。が、ジョーはそれを許さない。
そのまま雪崩れ込むようにベッドに倒れこんだ。

「ジョー…明日の時間のことで来たんじゃなかったの…」
「えっ、…ああ…」

そうだった。

ジョーはあっさり体を起こすと、視線をあさってのほうに向けた。

「だから。気を付けろってことだ。男ばかりなんだから、いつ誰が不埒な気持ちになるかわからないだろう」
「ん…だから、ジョーだって確認してからドアを開けたし、そもそもこんな時間に来るのはジョーだけよ」
「そうなのか?」
「何驚いてるの。そうよ」
「そう…なのか」
「そうよ」

フランソワーズも体を起こすと、ジョーの首筋にふんわり両手を巻き付けた。

「もう。まさかこのまま帰るつもりじゃないわよね?」
「いや、部屋に帰って寝るよ。明日はミッションだし」
「あらそう。だったら何しに来たのよ」
「それは、ミッションの…」
「こんな夜中に?」
「……」
「脳波通信で済むことなのに?」
「……」

ぎゅうっと身を寄せるフランソワーズを引き剥がし、ジョーは立ち上がった。相変わらず目は合わせない。

「明日、ミッションが終わったら」
「終わったら?」
「…フランソワーズの好きにしていいよ」
「まあ。だったら、明日のミッション早く終わらせなくちゃ」
「そんな簡単なものじゃないけどな」
「ううん。頑張りましょう」
「う、ま、…そうだな」

フランソワーズの部屋を後にしながら、ジョーは心中首を傾げていた。

そもそも何しに行ったんだっけ…?

「あ」

時間の確認をするんだった。
戻ってその話をしようかと迷ったがやめた。

もう一度あの姿を見たら、今度は自制できないかもしれない。明日はミッションがあるのだ。
それに。
明日、無事に終わったら、そのあとは。


『たくさん、イチャイチャしましょうね』


フランソワーズの言うまま過ごすことになるだろう。

「…ヨシ」

ジョーは唇を結ぶときっぱりと自分の部屋へ向かった。
その表情は既に009のものであった。

 

 

****

 

 

「明日の時間も何もないじゃない…ふふっ」


ジョーが去ったあと、フランソワーズの独り言である。唇には笑みが浮かんでいる。

「大体、時間なんて出発時間が決まっているだけなのに」

それも、ジョーがいなければ始まらないから、彼がもし寝坊しても全員待つしかないのだ。
だから、彼にとってはあってないような決まりごとである。それをわざわざ確認に来るなんて、どう考えても口実である。しかもこんな深夜に。
ジョー自身、口実にしていることを自覚しているのかどうか不明だけれど、フランソワーズからみれば一目瞭然である。毎回のミッション前夜、同じようなことが繰り返されれば誰だって気づく。
気づいてないのは、当人であるジョーだけなのだろうと思う。
今頃きっと、時間の確認してなかったどうしようなどと思っているに違いない。が、すぐに諦めて寝てしまうだろう。彼にとっては大した問題ではないのだから。

ミッション前夜、深夜に会いに来るのはジョーの癖なのだろうか。
そして、それに付き合う自分もまたそれをひとつの演出のように受け止めているのだろうか。

「…違うわよね」

明日、何が起こるかわからない。

だから、「いま」会っておきたい。

その衝動は互いの相手を恋しく思う気持ちからきていると信じたいフランソワーズだった。

 

 


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