「ジョー。痛いわ、離して」
「嫌だ」
「だって、このままじゃ壊れ」
「構わない」
「そんな」
「――知らない。可愛くないフランソワーズは僕のじゃない。だから、」

――要らない。

本気と見紛うばかりの強さで抱き締めてくるジョーにフランソワーズは本気で怒りかけ、本気で恐慌に陥りかけ――やっと気付いた。

違う。

ジョーは本気で自分を壊そうとしているんじゃなくて、・・・そうではなくて。

「ジョー」
「知らない。僕のじゃないフランソワーズなんか、」
「ジョーったら」

フランソワーズは下げていた両腕を上げて、最初はそうっと、後には力をこめてジョーを抱き締めていた。
そういえば、抱き締め返してあげていなかったと思いながら。

ジョーの、このくらいの力の強さなら耐えられる。

おそらく、通常人ならば無理だっただろう。
でもフランソワーズには、ある意味馴染んだ強度だった。何しろ、戦いの最中の009は力の加減なぞしない。救助した003に対しても、胸にぎゅうっと抱き締めて力の加減なんて全くしないのだ。
それは、配慮が足りないとかそういう意味ではなく――生身の女の子には気を遣って手加減しているのだから――それはそのまま、彼の自分に対する思いの強さなのだろう。
絶対に離したくないから。
絶対に離れないように。
どんな爆風に晒されようと。
どんな衝撃が襲おうと。
絶対に、腕を解かず胸に抱き締めた大切なものを離さないという決意の表れ。

――今は、戦場に居るんじゃないのに。

フランソワーズはもう一度ジョーを抱く腕に力をこめると、彼の耳元に唇を近づけた。
そうして小さな声で言う。

「――言わなきゃわからないの?」

誕生日だから。

顔を見るだけでいいから。

私の、自分勝手な願望だから。

だから、黙って――行って、帰ろう。

そんないいわけをしながらここに来た。
でも。

自分にいいわけをどんなにしたところで、本当の気持ちを見ないまま過ごせるわけがない。
それに、ジョーは何よりその気持ちを見たいと――言っているのだ。

「・・・私を迎えに行くところだった、って、本当?」

彼も内緒で同じようなことをしようとしていた。
素直に考えてみれば、彼がパリへ何しに行くのかなんて自明の理である。
自分に会いに来る以外に何があるというのだ。
あるわけがない。

たまには、そう――素直に信じてみようか。
少しくらい、驕って考えてみてもいいかもしれない。
ジョーは私に会うのが嬉しいのだと。
迷惑なんかではないのだと。
突然やって来た恋人を持て余したりなどせず、わがままなんて思ったりもせず、ただ――嬉しいと言って笑ってくれるのだ、と。

「――同じ事考えてたなんて、知らなかったわ」

「僕の」
「え?」
「・・・僕のフランソワーズ」
「そうよ」
「・・・ほんとに?」
「本当よ」
「・・・僕に会いたかった?」
「ええ」
「だから、会いに来た?」
「・・・そうなるわね」

それを聞いて、やっと――ジョーの腕は緩んだ。
が、フランソワーズがほっと息をついたのも束の間、再度彼の胸に押し付けられた。

「やっと素直になった!」
「も、ジョー。苦しいわ」

すると再びジョーの腕が緩み、そうしてそのままお互いの額と額が合わさった。

「フランソワーズ」
「なあに?」
「実は今日、僕の誕生日らしい」
「あら、そうなの」
「うん。だから、僕に何かプレゼントしてくれる」
「何か欲しいものがあるの?」
「うん。言っていい?」
「いいけど、聞くだけよ?」
「うん。僕が欲しいのは――」

 

 

ジョーが何を欲しがったのか。
それは――偶然にも、フランソワーズが彼にプレゼントしたいと思っていたものだった。

 

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