「銀河系一の宝物」
〜ジョーの誕生日2013〜
お誕生日おめでとうと言われ、頬にキスされた。 悪くない。 これって男性であれば理想的といってもいいシーンのひとつではなかろうか。
―1―
誕生日を祝われ、頬にキス。
もっとも、相手が意中の相手であれば――だけど。
「人気のあるドライバーって違うのね」 フランソワーズはため息とともに吐き出すと、改めてジョーを見た。 まったくなんにもわかっていない。 「わかってないって何が?」 今日のイベントの主役のくせに、そのイベントなどどうでもいいように言う。 「予定って……別に何もないじゃない」 ジョーは含み笑いをするとちらりとフランソワーズを見た。 「せっかく日本に来ているんだ。僕とずうっと一緒に過ごす時間をちゃんととっておいてくれってこと」 そんなに早く帰してくれるかしら。イベントの主役なのに。 甚だ疑問だったが、ジョーはウキウキ嬉しそうだったのでフランソワーズは何も言わなかった。
―2―
「別に人気のあるないは関係ないよ。イベントなんだから」
「あらそうかしら。人気がなかったらお誕生日をわざわざ祝ってなんかくれないと思うけど?」
「そんなことないさ。それに僕の場合は別にわざわざってわけじゃなくて、たまたまイベントと誕生日が重なったってだけで」
「――わかってないのね」
今日のイベントが「ハリケーンジョーの誕生日イベント」以外のいったいなんだというのだろう。
鈍感というのともちょっと違う。わかって欲しくないことに限って妙に聡かったりするのだから。
「……なんでもないわ」
「ふうん?――そんなことより、今夜の予定だ。忘れないでくれよ?」
「その何も無いがいいんだよ。他に予定をいれるなってことさ」
「あらどうして?」
「わかってないなあ」
「ずうっと一緒、って……」
「日本の友達に会うとかそういうのはナシ」
「……そんな予定、入れてないけど」
「ヨシ。本当に入れるなよ?イベントが終わったらすぐ帰るから」
ジョーがそう言ってるんだし、きっと早く帰ってくるのかもしれないと淡い期待もしてみたかった。何より、ジョーはどこか誤解しているようだったけれど、今回の来日はもちろんジョーの誕生日を祝うためだったのだから。
いま何時だろう。 ホテル最上階にあるバーは「ハリケーンジョーの誕生会」で貸切だった。 最初は時間を気にしていたものの、それがあからさますぎたのか、途中でそんな不粋なもの外してしまえと腕時計を奪われてしまった。以降、いま何時なのかさっぱりわからないという有様である。 随分呑んでしまったようだ。 こんな風に変に酔うなんて、あるいはもう日付はとうに変わってしまっているのかもしれない。 そんなことを考えていたら胃のあたりがぎゅっと痛んだ。 サイボーグなのにこういう痛みは妙にリアルだ。実際の臓器が痛むわけではなく心理的な要因だからだろうか。 お祝いと称しさんざん頬や額にキスされた。老若男女関係なく。つまりはクルーの悪ふざけだ。酔った勢いもあるだろうし、単に騒ぎたいというのもあるだろう。 そろそろ逃げてもいい頃合だ。
―3―
夜景を眼下にみるバーで、ジョーは時間の確認ができず気を揉んでいた。
ジョーにとってはそんな気は毛頭なくまさにサプライズのパーティ。イベント終了後に連れ込まれたのだった。
フランソワーズ、どうしているかな。
ガラスに映った自分の顔がみるみるフランソワーズに代わり、ジョーはぎゅっと目をつむった。
フランソワーズをひとりぼっちで待たせたまま数時間ということになる。
――僕はただの肴に過ぎないよなぁ。
誕生日を祝ってくれるというのは素直に嬉しいしありがたいとも思う。が、既にこの場はなんだかよくわからない飲み会になってしまっているといえばいえる。
混沌とした有様の周囲をジョーはため息とともに睥睨した。主役とはいえ義務はじゅうぶん果たした。
「あら、ジョーったら。主役がどこへ行くの?」 只者ではない。 ならば、――ブラックゴーストの刺客か? ジョーが捕まった相手は、ドレスアップしたフランソワーズだった。 「……本物?」 ――本物に決まってる。こういうシーンでこんな意地悪な言い方をするのは彼女しかいない。 「どうして何も言ってくれなかったんだ」 ああ、じゅうぶん驚いたさ。 「え。じゃあ、きみが日本に来たわけって」 その瞬間、いつの間にか周りに集まっていたクルーからシャンペンシャワーを浴びた。 「ドッキリ大成功!」
―4―
気配を殺して移動していたのにあっさりと捕まった。
しかも、相手の気配が全くしなかったので――ジョーはさっと緊張した。
「今夜の予定がどうこうって言ってたくせに」
え。
「え、なんで――どうしてきみがここに」
「あら、いたらおかしい?」
「え、だって……いったいいつから」
「最初からよ?」
「最初、って……」
今頃ジョーの部屋で彼を待っているはずの。
「ふふ、どうかしら」
「どうかしら、って……」
「言ったらつまらないじゃない」
「そういう問題じゃないだろ」
「だって、言ったらあなた驚いてくれなかったでしょ?」
「驚く、って……」
「ええ。招待されたの。ハリケーンジョーのバースデーイベントに」
「俺らがお前の大事な勝利の女神を無視するわけなかろう!」
「……ひとつ、聞いてもいいか」 「僕が本当に早く帰ってしまったらどうするつもりだった?」 が、今日一日なんだかんだいってフランソワーズのことを思い浮かべていた時間は長い。 いやもう、勘弁してくれ。 こういうシーンでこんな意地悪を言えるのはこの広い銀河系でフランソワーズしかいない。 そんな銀河系唯一の貴重な宝物をジョーはぎゅうっと抱き締めた。 今日は誕生日なんだよなと思いながら。
―5―
「なあに?」
ホテルのスイートルームでジョーがフランソワーズを抱き締めながら言った。
ふたりともドレスアップしていたのにシャンペンシャワーを浴びて早々に退散する羽目になっていた。
あるいはそれは計画通りだったのかもしれないが。
「あら、簡単よそんなこと」
「うん?」
「だって、昼間のイベントからずっとあなたを見ていたんだもの」
「えっ!?」
「今日の私は一日ずっとハリケーンジョーの観察をしていたの」
「……嘘だろ」
「楽しかったわ、普段のあなたと違って。いろいろ」
「…………悪趣味」
「だって私の特技だもの。たまには活用してもいいでしょ。それとも、何か視られたらまずいことでもあった?」
「……あるわけない」
早く帰ろう、今夜はずっと一緒だとあれこれ楽しい妄想もあった。
そんな時、自分がどういう顔をしていたのか――を、視られていたのだとしたら。
「ふふ、楽しかったわよ。本当に」
でもそんな意地悪が心地良いと思うのも、きっと自分だけだろう。
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