イヤというほど頭をぶつけた。

例えではなく眼から火が出たと思う。
そのくらい痛かった。涙が滲んだ。

いったい何にぶつかったんだろう?

建物の壁?

電柱?

木――ではないのは確かだった。

 

「ひどいなあ、いきなり頭突きかい?」

 

え。


人?


人にぶつかったの?

そんなまさか。
だって普通の人間にぶつかって、こんなに痛いわけはない――普通の人間、なら。

ということは。

普通の人間ではない、誰か…で。

 

「あれっ、まさか僕が後を尾けていたの気付かなかったってことはないよね」

 

思い切りぶつかったのに全くダメージのない、のほほんとした声。

涼しい目元。

優しい褐色の瞳。

金色に近い栗色の髪。


ジョー。


どうして?

だって、10年後、って…言ったのはあなたなのに。

 

「きみが気付かないなんて珍しいな。何か考え事かな」
「え、ええ…」
「でも気をつけなきゃ駄目だろう?こんな時間にひとりで歩いているんだから、もっと周囲に眼を向けないと」
「…そうね」
「これから先が心配だなぁ」
「…気をつけるわ」
「うん。そうしてくれ」
「それでね、ジョー」
「うん?」
「どうしてここにいるの?」
「えっ?」
「10年後にまた会おうって言ったのはあなたでしょう」
「…うん。まあ、そうだけど」
「どうして後ろにいたの」
「それはまあ…色々と」
「駄目よ、決めたでしょう。10年間誰とも会わないって」
「うん。でもまだ始まってないから」
「違うわ、解散した時からその10年は始まっているのよ」
「え、そうなのかい?」
「そうよ」
「――そうかぁ」
「そうよ」
「でもさ、…実際問題として、僕は10年なんて我慢できないんだけど?」

ジョーはそう言って私をぎゅうっと抱き締めた。
私は彼の腕のなかにおさまっていた。

「そんなの、反則じゃない。みんなが知ったらなんて言うかしら」
「反則ならフランソワーズも同罪だろう?」
「どうしてそうなるの?」
「――よく言うよ、まったく」

ジョーは小さく息をつくとそっと身体を離してじっと私を見た。

「知ってて腕に飛び込んできたくせに」

 

 

 

 

尾行というのにはあまりにもお粗末だった。

仮にも009なのに。
本気をだせばもっとずっと上手く気配を消すことができるのに。

だから思った。
これはわざとなのだ、と。

でも確信が持てなかった。
自信がなかった。
だってジョーが私と同じ道を選んで歩いているなんて。
そんなのただの偶然だと自分自身に言い聞かせた。

でも。


でも、もしかしたら――?

 


「10年なんて待てないよ」

「ジョーったら。これじゃあ10分後じゃない」


私たちは再会のキスを交わす。
戦いの日々は過去になり、ここから先は平和な毎日。


「1分が1年になるんだよ」


きみがいないとね――と、ジョーは恥ずかしそうに小さく言った。