|     その部屋は、サンタクロースとトナカイでいっぱいだった。サンタとトナカイはペアである。
 広いはずのその部屋は、そんなペアで埋めつくされていた。
 私の目の前にもトナカイが一頭スタンバイしている。ベージュの毛羽立ったタイツを穿いて、頭にはトナカイの角を載せて。
 そんな格好なのに、カッコつけてテーブルに片手をついて体重を支えている。トナカイになっても、妙にそれが似合ってしまうから不思議。
 「ねえ、どうしてこんな格好しなくちゃいけないの?」 私は自分のスカートの裾を気にして、少し引っ張ってみた。どう考えても短すぎる。
 「うん?――まあ、余興の一種じゃない」「それにしても・・・」
 「こっちのほうが良かった?」
 トナカイはイヤ。 小さくため息をつくと、改めて目の前のトナカイを見た。どうして彼はこんな格好も似合うんだろう?
 「ずるいわ」「何が?」
 「・・・ジョーばっかり似合ってて」
 「なんだ、そんなことか」
 くすりと笑うと、ジョーは屈んで私の額に唇をつけた。 「きみのサンタも可愛いよ」「・・・もうっ」
   ***   今日は、ジョーの仕事関係のスポンサー数社が主催するクリスマスパーティだった。宴もたけなわというところで、今年の余興が発表された。
 それは、男女ペアになって競走するというもので、ペアはサンタとトナカイの扮装をしなくてはならなかった。
 入場時に配られた番号で抽選された30組が出場する。
 くじ運がいいのか悪いのか、私たちはそのなかの一組に選ばれてしまった。
 ちなみに一位になったペアには、ビール一年分と、毎月届く果物一年分。更に新発売の化粧水とメイクアップセット。メイクボックスがもれなくついてくる。それから、ゴルフのセットに有名ホテルの食事券10万円分。が、授与される。 私はどれにも興味はなかったけれど、ジョーは勝つ気満々だった。 「絶対、勝つよ」 ルールは簡単。ペアのうちどちらかがどちらかを運ぶ、というものだ。抱っこしてもいいし、おんぶしてもいい。
 ともかく、一度も下に降ろすことなく建物の周囲を3周するのだ。
 「こんなの簡単さ」 景品になんて興味ないくせに。 「きみを抱いて走るだけだろう?」 簡単簡単、とにやにやするジョーに私はため息をついた。確かに彼にとっては簡単だろう。いつもしていることなのだから。だけど、これは余興なのだから――私たちが本気を出してしまうわけにはいかないし、それでは見てるほうだって面白くないだろう。
 「ジョー。手加減しなきゃダメよ?」「なぜ?」
 「だってこれって、宴会場に生中継されるんだから」
 各種メーカーの悪ふざけもいい加減にして欲しい。――と、毎年思う。確かに、イメージキャラクターを務める芸能人もたくさん招待されているから、こういう余興をしているのを見るのは楽しいだろう。でも、だからといって、要所要所にカメラを設置して実況しなくてもいいと思う。
 別に、テレビ用に使うわけでもないのだから。
 「あっという間に3周しちゃったら、面白くないし、大体怪しまれるわ」 ジョーが本気で走ったら、加速装置を使わなくたって簡単に一位になってしまう。いくら私を抱いていても、そんなの全然関係なく。 「平気だよ。みんな酔ってるんだから、気にしないよ。それに、ところどころ手加減しながら走ればいいんだろう?」「・・・まあ、そうだけど」
 「任せろよ」
 009の顔をして不敵に笑ってみせる。今はトナカイなのに。 「ほら。行くよ、フランソワーズ」   ***   集まったペアは、大抵が男性がトナカイで女性がサンタクロースだった。業界側もそれを予想してか、サンタの扮装はミニスカートばかりが用意されていた。
 周りには、ミニスカサンタを抱っこしたトナカイの群ればかり。たまに、トナカイをおんぶしたサンタがいたりもしたけれど。
 私もジョートナカイにお姫様抱っこされていた。スカートが短くて、私はそれが気になって落ち着かない。
 だって、ジョーの抱き方じゃ・・・なんだか丸見えになってるような気がして。
 「ねえ、ジョー。もうちょっと裾を押さえてもらえる?」「ん?」
 「ねえ」
 「・・・こう?」
 「ちがっ・・・それじゃ、じかに触ってる」
 「でも見えないから」
 スカートの上から腕を回すのではなく、ジョーはスカートの下の足に直接腕を回して抱き上げた。もちろん、そうすれば見えない・・・けれど、今度は別の意味で落ち着かない。
 「ほら、じっとして」 もう、知らない。 私はジョーの首に手をかけ、ぴったり寄り添った。   ***   心配していたよりも、レースは順調に進んだ。ジョーは、怪しいスピードで走ったりはせず、だらだらと周囲の速度に合わせていた。
 「ああ、かったるいなぁ。こんなの、いつまでたっても着かないよ」「いいじゃない。みんな一生懸命よ?」
 「なんでこんな遊びで一生懸命になるんだ」
 「景品が豪華だからじゃない?」
 ジョーはふんと鼻を鳴らした。彼にとって「レース」と名の付くものは、勝ってなんぼの世界である。だから、余興なのだからぶっちぎるわけにはいかないのが不満らしい。
 「つまんないなぁ」「あら、いいじゃない。たまには」
 「・・・飽きる」
 「あと2周よ?」
 さすがに周囲はスピードが落ちてきて、脱落していくペアが増えてきた。残っているのは、スポーツ選手なトナカイばかり。
 「――ねぇ、フランソワーズ」「なあに?」
 「バックレよう」
 「え?」
 「いいよもう。興味なくなった」
 「・・・興味、あったんだ」
 ジョーはそれには答えず、続けた。 「加速すれば誰にもわからないさ」「でも中継されてるのよ?」
 「そんなの、録画されてるわけでもないし、突然消えたって、脱落しただけだと思うさ」
 「それは、そうかもしれないけれど・・・」
 「決めた。帰るぞ」
 「ええっ!?」
 今にも加速装置を噛みそうなトナカイに焦る。 「だったら、ちょっと待って」「なに」
 「鍵は?」
 「鍵?」
 「そう」
 「胸ポケットのなか」
 もぞもぞとトナカイの毛皮のなかをさぐると、車のキーと一緒になったキーホルダーに指が触れた。そのまま引き出して、しっかりと手の中に握りしめる。
 以前、同じようなことがあった。その時は、ジョーの部屋まで帰ったのはいいけれど、鍵がないことに気付いたのが加速を解いた時だったのだ。
 ドアの前で途方に暮れる全裸の男女。というのは、一回やればもうたくさん。 あの時は、更衣室にあるジョーのジャケットのなかに鍵を忘れて大変だった。だから、今回は念のためにジョーは鍵を身につけていたのだ。
 けれども、加速したら衣服は燃えてしまうから、ポケットに入れていたとしても落とすのは必至だった。
 「――いいわよ?」「ヨシ」
 そうしてジョーは加速した。 009の最高時速、マッハ3。 でもね、ジョー。加速装置ってこんな風に使うものではないと思うのだけど。
       
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