「日本グランプリ」

 

ホテルのドアを激しく叩く音でフランソワーズは腰をあげた。
扉のほうを見つめ、小さくため息をついてどうしようか思案する。
すると次には狂ったようにチャイムが鳴らされた。

「んもうっ」

諦めてドアを開く。

「いったい何時だと思ってるの。他のひとに迷惑で――」

思わず鼻に皺を寄せる。

「――いったいどのくらい呑んだの」

「えー?たいしたことないよー。ねー?」


祝勝会の一次会でホテルに戻ったフランソワーズと、帰らず最後までつきあったジョー。
もちろんジョーは当事者であったから抜け出すわけにはいかなかったのだけど、それにしても午前4時というのはいかがなものだろうか。
フランソワーズは目をすがめてジョーを見た。

「ずいぶんご機嫌ですこと」

冷たく言った先には、片手に二人ずつ若い女性を抱えているジョーがいた。

「えー?」

しかしジョーには聞こえていないようであった。

「これはー、送ってもらったんだよー。ねー?」

無言のフランソワーズに、両手に抱えられていた女性たちは彼の腕から抜け出してその背を押した。

「確かに届けましたのでっ!」
「別によかったのに」
「そういうわけにはいきませんからっ」

別に彼女たちには何の思いもない。
なにしろ全員顔見知りであるし、ということはジョーの関係者であるから、当然ながらジョーにはフランソワーズがいるのを知っているのである。
だから本当に、単にジョーを届けにきただけなのだろう。
なぜ男性が来ないのかというと、おそらく全員がつぶれていると予想できた。

「ご苦労さま。重かったでしょう」
「ええ、ちょっと」

だから四人も必要だったのだ。
その彼女たちはやっとジョーから解放され、彼の背をもう一押しするとおやすみなさいと口々に言って去っていった。

ジョーはドア口にもたれたままゆらゆらしている。今にも倒れそうだ。

フランソワーズは彼から離れたままじっと観察した。
彼はいったいこれからどうするつもりなのだろう?

「――あ。フランソワーズ」

ジョーはふと顔を上げてフランソワーズを見つめると、ゴーレムのように両手を挙げて彼女に迫ってきた。
そしてそのままフランソワーズに抱きつくように倒れこんだ。
が、フランソワーズはさっと身を翻し彼をかわした。
もちろんジョーは空を抱き締める。

そうしてそのままカーペットに昏倒した。

 

間。

 

動かないジョー。

 

フランソワーズは肩をすくめてドアを閉めると、そのまま彼のそばを通り過ぎた。
そしてベッドルームから毛布を持ってくるとそうっと彼に掛けた。
爆睡しているジョーをベッドまで運ぶなどとてもじゃないができやしない。
だからそのまましゃがんで、そうっと髪を撫でた。


「……優勝おめでとう。ジョー」

 

 

 

 

 

 

 

翌日、おそらくジョーは激しい頭痛と床に寝ていたせいで筋肉痛になっているだろうと、ちょっとだけ心配になって
起きだしたフランソワーズが目にしたのは


「おはよう。フランソワーズ」


涼しげな瞳でミネラルウォーターを口にする島村ジョーであった。

恐るべしサイボーグ009。

 

――と思いきや、

 

「……頭痛薬持ってる?」


と訊いた彼がゆらりとよろけた。
フランソワーズはため息をつくと、彼の手にそうっと薬を預けた。

「――カッコつけてどうするの」
「いやぁ……」
「酔っ払い」
「うん」
「二日酔いね?」
「うん。――ありがとう」
「何が?薬のこと?」
「いや。…昨夜、優勝おめでとうって」
「――別に普通よ?みんなも言ってたでしょう」
「違う。――帰ってから聞いた」
「ま。起きてたの?」
「……ちょっとだけ」
「女の子4人も連れていいご身分での帰還だったわよ。私じゃなかったら誤解して帰っちゃうところだわ」
「うん。フランソワーズだからね」
「自信過剰」
「うん。でもほんとはフランソワーズが怒るかもしれないってびくびくしてた」
「小心者」
「うん」
「カッコつけ」
「うん」
「おばかさん」
「うん」
「でも好きよ」
「うん。僕も」