タクシーの中で携帯電話が振動した。が、出なかった。
コール5回で留守番電話サービスに切り替わる。

ぼんやり車窓を眺めていたフランソワーズは、携帯電話の振動が落ち着いてから物憂げにそれを開いた。
着信した相手の名前が液晶画面に表示される。
それはよく知っている相手だったけれど、そのまま携帯電話を折り畳んだ。


無視するのは何度目だろうか。


そんなことを思いながら眺める夜の街。
自分の顔がガラスに映って、それがひどく寂しそうでフランソワーズは目を逸らした。
座り直すとまっすぐ前を見る。

「お客さん。そろそろですがこのへんで宜しいので?」
「ええ。次の信号を右に曲がって少ししたところで止めてください」

運転手の声に答えてから、ちらりと携帯電話に目を走らせた。
今一度、携帯電話を開く。

着信の表示があって、そして――

「――?」

眉間に微かに皺が寄った。
いつもは見ない表示マーク。伝言があるらしい。
そっと耳にあてて聞こうとしたところで車が目的地に着いた。


***

 


車を降りて、建物を見上げる。
真っ白い外壁の高層住宅は夜の闇にはっきりと浮かび上がっていた。

――まるでお城みたいね。

くすりと笑んでから、携帯電話を耳にあてて伝言ボタンを押した。

 

と。

 

「フランソワーズっ!!」

 

電話からではなく肉声が耳に響いた。辺りは物音ひとつしないから、その声だけが反響しとても大きく聞こえた。エントランスから自動ドアが開くのももどかしく転げでてきたのは

「・・・ジョー」
「駄目じゃないか、こんな夜中にこんなところに一人でっ」

険しい瞳がまっすぐ射る。

「・・・どうしてここに居るのがわかったの」
「博士から電話があったんだ。さっき出かけた、って。行き先も言わないでどこに行ったのか心配してた」
「ちゃんと言ったわ」
「でも心配してた。フランソワーズ。いったい君は何を考えて」
「ジョーのことよ」

遮るように言われ、ジョーはフランソワーズの顔を見た。
涼しげなその表情には微かに笑みが浮かんでいた。

「・・・ごめんなさい。でも、やっぱり私・・・」

笑っているように思えた顔が歪む。

「・・・日本にいるのに。ジョーに会えないなんて、そんなの・・・」
「――でもだからって」
「しっ。黙って」

言いかけたジョーの唇をひとさしゆびで押さえ、携帯電話のボタンを押した。
メッセージが再生されてゆく。
ジョーは微かに聞こえるそれに嫌そうな表情を浮かべた。

「・・・聞こえた?」
「――ああ」

ふてくされたように答えるジョーに、フランソワーズはその伝言を歌うように復唱する。

「『会いたい。フランソワーズ。もう限界だ』」

そっぽ向くジョーの耳が赤い。

その耳にフランソワーズは囁く。

 

「――私も限界だったの」