「ガラスの靴」
    「うん。これがぴったりだな」   ジョーが私の踵を持ったまま、にっこり微笑む。   「思った通りだ」 そうして、私の前に片膝ついたまま、首だけ背後に回して肩越しに店員に頷いてみせる。 私は小さく溜め息をつく。 「ジョー。もういいでしょう?離して頂戴」 恥ずかしくて他の店員の顔を見られない。 「どうして?」 まだいいじゃないかと真顔で言う。 「どうして、って・・・」 だって、このままだとそのまま爪先にキスしそうなんだもの、あなた。 「ここは靴屋さんなのよ?」 そう言うと、踵を少し持ち上げて足の甲に素早くキスをした。 「っ、ジョー!」 だめよ、と言う間もない早業だった。 「何がいけないんだい?バレリーナの脚に敬意を払うのが悪いことかな」   ・・・あなたが貸し切りにしたんでしょう?   「だから、ゆっくり買い物できるだろう?」 その姿勢もどうにかして欲しい。 「・・・白馬の王子さまはそんな風にしないわ、きっと」 今度は足首の内側にキス。 「僕は小心者だから、従者を使うなんて怖くてできないのさ」 嘘つきね。   ガラスの靴を自ら履かせたい小心者の王子は、満足そうににやりと笑った。 私の脚を持ったまま。  
   
       
          
   
         店員は、笑いを堪えた顔のまま小さく頷くと奥へ姿を消した。
         「だから?」
         「だから・・・」
         「だからこうして靴を履かせているんだけど?」
         「そうじゃなくて・・・っ」
         「じゃあ、何」
         「・・・恥ずかしいの」
         「何が?」
         「ジョーが」
         「僕は全然、恥ずかしくないから大丈夫だ。ほら、ちょうど僕たち以外に客はいないし」
         今朝、電話してたの知ってるわ。
         「でも」
         まるでホストか執事のよう。
         「するさ」
         「しないわよ。従者にやらせるわ」
         「冗談だろう?どうして愛する姫の脚を従者風情に触らせなくちゃいけないんだ。それに、忘れているみたいだけど」
 