「冷たいキス」

 

またキスで誤魔化された。

そう思うのは何度目だろうか。


都合が悪くなるとキスをする。
旗色が悪くなるとキスをする。
言い訳が見つからないとキスをする。
絶句するとキスをする。

・・・キスばっかり。

有耶無耶にされて、そして私の胸にはモヤモヤが残る。

こんなキス、全然嬉しくないし楽しくない。
こんなキス、して欲しくはない。

ジョーのばか。

 

 

寂しいからキスをする。
寒いからキスをする。
君が足りないから、キスをする。

それ以外の何者でもないのに、君にはわからないんだね。

唇を合わせても――こんなキスならしなければよかったと思うくらい、冷たくて。
だから僕の温度で温めようとキスを繰り返した。
でも。
冷たい唇はいつまでたっても冷たいままだった。

こんなキスならするんじゃなかった。
こんなの――寂しさが増すだけじゃないか。


フランソワーズ。

君はなんにもわかってない。

 

 

 

 

しばらくして唇を離したが、余韻を楽しむどころか怒ったように相手を見た。お互いに。


「――どういうつもりなの?」


険を含んだ声。
冷たく澄んだ蒼い瞳がジョーを見据える。


「そっちこそ、どういうつもりだ」


対するジョーも負けずに見返す。
褐色の瞳は燃えるようだった。


「誤魔化そうとしても騙せないわよ。私は」
「頑ななのはそっちだろう?僕は何も誤魔化していないし、何も心当たりはない」
「まあ。よく言うわ。忘れたってひとこと言えば許してあげようと思ったのに」
「忘れるも何も、僕は何もしていない」
「嘘つき」
「誤解だ」
「だったらきちんと事情を話せばいいでしょう?言い訳でもいいわ、聞いてあげる。はいどうぞ」
「・・・」
「ほら、言えないじゃない」
「言い訳することなんか何もないからだ。――フランソワーズ」
「何よ」

「――好きだよ」

「ずるいわ、そればっかり」
「本当のことだから仕方ない」
「ま。仕方ないってそんな言い方ひどいわ」
「君は?」

「好きに決まってるでしょ」


でも――いまのキスは。


どこか誤魔化すようなキス。
冷たくて、何かを隠すような――そんなキスだった。


「きみだって軽い言い方じゃないか」
「だったら、本気を出してみて。ちゃんと」

ちゃんとしたキスをして。
誤魔化すようなキスではなく。
何かを有耶無耶にしようとするキスではなく。
心のなかに巣食うもやもやしたものを溶かしてしまうような、そんなキスを。


「――僕はいつだって本気だよ」

本気じゃないのはきみのほうだろう?
やる気のないキス。ただ唇を合わせているだけの。
そんな寂しいキスをするなんて。


いつもの「さようならのキス」のはずなのに。


――別れたあとは、あなたは誰か他の女の人の元へいくのでしょう?


一度そう疑ってしまったら、彼がしつこいくらい否定してくれなくては不安に押しつぶされそうだ。
疑う自分は好きではないのに。なのに、常に自分だけが彼のなかにいるとは自信が持てなかった。


――キスをしながら、きみは誰を思っている?


心ここにあらずのキス。唇を合わせながらも他のことを考えている恋人。
いったい彼女は誰を思っているのだろうか。

 

――だって、離れたくないんだもの。


でも、言えない。
言ったら――言ってしまったらそれは、彼を縛る鎖になる。

 

――本当は離したくない。


でもそれは、ただのわがままだとわかっているから。

 


どうしたらいいのか。

どうすればいいのか。

 

途方に暮れて立ち尽くす。

 

私たちは――僕たちは――

 

どうすれば、いい?