「おやすみのキス」
「おやすみなさい」 フランソワーズからジョーへ。
「おやすみ」 ジョーからフランソワーズへ。
お互いの頬に名残惜しそうにキスが送られ、ひとつの影はふたつに別れた。 ――今度はいつ会えるのか。 言わない、聞かない、見ない。 問うても仕方のないこと。聞いても答えはわかっている。だから、お互いの目に問いかけない。 「・・・寒いね。もう入ったら」 ジョーがブルゾンのポケットに両手をつっこみ肩をすくめる。目で建物を指して。 「そうね。ジョーも、もう帰ったら」 フランソワーズは自分の肩にストールを巻き付け直す。息が白い。 別に、一生の別れというわけではないのだから。 何度も言い聞かせた言葉を胸の裡で繰り返す。 二度と会えないわけではないのだから。 また会えるんだから。 それがいつなのかはわからないけれど。 いくらなんでも何年後はないわねと苦笑する。 フランソワーズの苦笑につられたのか、ジョーの口元にもうっすらと笑みが浮かぶ。 「ほら。きみが入らないと僕は帰れないんだから」 ちゃんと部屋まで無事に着いたのかどうか――彼女の部屋に灯りがともり、窓から手を振る姿を確認してからでないとジョーはここから立ち去らない。 「・・・ええ。そうね」 立ち去るジョーの後ろ姿を見送るのは常だったけれど、それがどんなに寂しいことかジョーは知らない。 「そうだよ」 フランソワーズに手を振って背を向けて。一度も振り返らずに帰途につく彼の、拳がきつく固められているのを彼女は知らない。そうしていないと彼女の元へ走ってしまうだろうことも。 おやすみのキスを交わしてから数十分が経過した。 「・・・風邪ひくよ?」 「あなたこそ」 先刻までは寒さなんて感じなかった。 「・・・フランソワーズ」 とうとうジョーが009の顔をしてフランソワーズに最後通告をする。
「――たまにはいいよね」
けれども、フランソワーズの耳に飛び込んできたのは、妙に気弱な009の声だった。 「えっ?」 明日早いんでしょう・・・? 「うん。でも、こっちも大事だから」 そうして伸ばした指先がフランソワーズの頬に触れる。どちらも冷たかった。
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