合コン会場までカレシに送られる女。それが私。
車の中でそのフレーズだけがフランソワーズの頭の中を行ったり来たりする。
隣のジョーは上機嫌で、流れるFMに合わせてリズムをとっている。鼻歌混じりに。
――やっぱり、行くのをやめると言った方がいいのだろうか。
フランソワーズは、もうすっかり行く気を失くしていた。
こんな気持ちで行ったって、楽しくない。
いいじゃない、5対5が5対4になったって。きっとみんな許してくれる。
「フランソワーズがいないと中止になっちゃうわ」と言われたけれど、そんなの嘘に決まっている。私なんかいなくたって、誰も何も困らない。
心を決めた。
「行くのをやめる」と言うのは勇気が要ったけれど、こんな気持ちのまま送り届けられたくはない。
いくらジョーにとって自分がどうでも良い存在だったとしても、やっぱりこんなのは嫌だった。
ジョーのために行くのをやめるのではない。
自分のために、行くのをやめるのだ。
「――あの、ジョー」
しかし。
口を開いた途端、彼からも声がかかった。
「合コンの相手って、どんな人たちなんだい?」
「えっ?」
「色々あるだろう?やっぱり、外資系とかかな」
「さあ・・・私はよく知らないから」
「ふうん。――でも、きっとフランソワーズは一番人気に間違いないな。今日も綺麗だし」
「・・・・」
「僕だったら、きみにしか目がいかないね」
「・・・・」
「だけど、両方の肩を露出するワンピースっていうのはどうだろう。ちゃんと上着を羽織っていればいいけどさ」
「・・・似合わない?」
「イヤ。凄く似合ってる。けど、僕は好きじゃない」
普通だったら、「恋人のやきもち」から出た言葉だと思うだろう。
けれどもジョーは、口元に笑みを浮かべたまま、天気の話でもしているように軽く言う。そういうことができてしまう人だった。
「・・・着替えた方がいいかしら」
「今から戻ったら間に合わないだろう」
どうあっても時間通りに送り届けたいらしい。
だからフランソワーズは、ますます「行くのをやめる」とは言えない状況に陥ってしまった。
「――そうね」
フランソワーズはそのまま横を向いて、窓から景色を見ることに専念した。
***
この車は、いったいどこに向かっているのだろう?
ふっと我に返ったのは、ギルモア邸を出てからかれこれ30分が経過した頃だった。
そろそろ着いてもおかしくはない。が、窓の外は都市のビル郡ではなく相変わらず海岸線が広がったままだった。
「・・・ねえ、ジョー?」
「ウン?」
「道が違ってない?」
「そうだね」
「もしかして・・・回り道をしているの?」
通常のルートでは渋滞するような時間帯だったから、その辺詳しいジョーはそれを避けて進んでいるのかもしれない。
「・・・回り道。そうだね」
「間に合うかしら?」
「さあ・・・どうだろう、な」
そう言うとジョーは大きくハンドルを切った。
そのまま湾岸道路に出てしまう。そしてその道は、どう考えても目的地には繋がっていなかった。
「・・・ジョー?」
***
砂地に車が止まるまで、ジョーはずっと無言だった。
エンジンを切ると波の音しか聞こえない。
「あの・・・ジョー?」
沈黙が息苦しくて、フランソワーズは隣の席に声をかけた。
ジョーはさっきから両手をハンドルに置いたまま前方を見つめている。
目の前に広がるのは灰色の海。陽も落ちて、周囲には薄く闇が迫ってきている。
と、ジョーの目が動いてフランソワーズを捕らえた。
「――フランソワーズ」
「はい」
「――そんなに行きたい?」
「えっ?」
「合コンに、さ」
「それは・・・約束したから」
「ふうん。――でも残念ながら、その約束は果たされない」
「果たされない、って」
「つまり、きみは今日、合コンには行かないということさ」
「・・・え」
あくまでも軽いジョーの声。深刻さはない。
けれど、その瞳はどこか――寂しそうだった。
「こう言えばいい。『嫉妬深いカレシに行くのを阻止された』ってね」
「嫉妬深い、・・・って」
「僕のことさ」
――やきもちやいてたの?ジョーが?
まさか。
「嘘つき」
「嘘なもんか」
「だって、行ってもいいって言ったわ」
「カッコつけてただけだ」
「送るよ、って・・・」
「それはこうして拉致するのが目的」
そのままハンドルにもたれ、腕の上に頭を載せてフランソワーズを見つめる。
「――がっかりした?心の狭い男で」
ええ、がっかりしたわ――という彼女の声は、もちろん空耳で。
現実には、ジョーはそうっと髪を撫でられたいた。
「・・・フランソワーズ?」
「ホント、心が狭いのね」
「・・・ゴメン」