「彼の伝言」

 

一緒に行くつもりだった花火大会。
でもジョーが行けなくなった。
一緒じゃないと意味がないわと私もやめるつもりだったのだけど――

 

話は約二週間前に遡る。
日本でいうところの七夕祭りの頃であった。
例年の如く、そんなの関係ないように私たちはなかなか逢えずにいた。
でもジョーは七夕の日は人恋しくなってしまうのか、いつも律儀に電話をくれた。

「今年の夏も日本には来れるんだろう?」
「ええ。そのつもりよ」

いつごろからか、夏は日本ですごすようになっていた。
暑いから好きではなかったのだけど。
日本で蛍を見てからだろうか。

「――今度、花火大会があるんだ。それに間に合うように来るといいよ」
「花火大会?」
「ああ。いつもぎりぎりで見逃していただろう?」

そういえばそうだった。
ジョーが日程を覚えていなかったり、ケンカしてわざとゆっくり来ていたりしていてなかなか花火大会には合わずにいたのだ。
でも今年は観たかったので、ジョーもちゃんと日程を調べていてくれていた。
日本の花火大会は規模が大きいので、一度現地で観てみたかった。

「楽しみだわ。今年は浴衣も着てみようと思うの」
「浴衣?へぇ…」

自分で着れるのかなとジョーは電話口で小さく言った。
私はそれには聞こえないふりをして言葉を継いだ。

「楽しみにしててね、ジョー」

 

日本の夏の風物詩のひとつ、花火大会。
恋人同士で行くならやっぱり浴衣よね――と、以前見た日本の雑誌に書いてあった。
それによると、どうやら浴衣というアイテムは日本男児にすこぶる評判が良いらしい。
古くはバスローブだったというから、そんな格好で表に出てもいいものなのかと悩むところだけれど。
改まった場でなければいい――と、いうことらしい。特に花火大会は夜だし、ふつうは夕涼みの範疇に入るから湯上りで当然という括りらしい。

…ジョーも浴衣姿って好きかしら。

もしかしたら黒髪の日本女性だから似合うのかもしれない。
金髪碧眼の私が着てもコスプレにしかならないのでは――と少し不安だったけれど、実際に着てみたら杞憂だったとわかった。
自分で言うのもなんだけど、けっこう似合っていたのだ。早くジョーに見せたい気持ちでいっぱいになった。

だから、花火大会をとても楽しみにしていたのに。

 

 

ジョーはその日、日本にいなかった。

 

 

正確には、地球にはいなかった。

たぶん銀河のどこか――に、いるはず……

 

先日のミッションで行方不明になったのだ。
今はイワンが必死に探してくれている。
もちろん、イワンだけではなくてみんな頑張って捜しているのだけど、かといって闇雲に捜せばいいというわけではない。宇宙のことなのだし。
だからイワンの精神感応に頼るしかできず、もどかしい思いを抱えている。
脱出艇の軌跡はわかっているのだし、それをトレースするだけだから簡単さとイワンは言っていたけれど。

それも数日になる。

もしかしたら、どこかに不時着してのっぴきならない事態になっているのかもしれない。
あるいは、飛行艇そのものに何か問題が起きて――考えだしたらきりがない。
しかも悪いほうにばかり。
そんなことはない、絶対に無事に決まっている。
そう思うことにした。
だから、本当はのんびり花火なんて観ていられるような心境ではないけれど、それでもジョーのことを案じて悶々としているよりいいと
みんなに背を押され、私はひとり花火大会に来ていた。
だってジョーと約束したんだもの。
それはミッション中にも何度か確認しあったことだった。今思えば不吉なフラグにみえてしょうがないのだけど、でもジョーは言っていたのだ。

「もしも僕が行けなくても、フランソワーズは必ず行ってくれ。きっと楽しいから。約束だよ」

と。

けれど、ひとりぽつんと孤独に観る花火は――哀しかった。

周りに人はたくさんいるけれど、恋人同士や友人同士、家族連ればかりで人に紛れているにも関わらず私はひとりぼっちだった。
花火は確かに綺麗だったけれど。
壮観だったけれど。
ジョーと一緒に綺麗ねとか凄いねとか笑い合いながら観たかった。

――もう帰ろうかな。

いちおう、約束通り来たんだし。義務は果たしたはず。
これ以上いたら哀しいを通り越してきっと虚しくなるだろう。

そう思って踵を返しかけたとき、「これからメッセージ花火の打ち上げを始めます」というアナウンスが聞こえた。

メッセージ花火?それって何?

不思議に思っていると、「…さんから…さんへ。いつもありがとう」というアナウンスと共に花火が上がった。
どうやら花火ひとつにメッセージがついていて、場内にアナウンスされるという趣向らしい。

ふうん。そういうのがあるんだ――と、ついぼうっと聞き入ってしまった。
普段言えないことを託してなのか、けっこう深いものもあって感心してしまう。
直接言ったほうがいいのにと思いつつ、日本人ならではなのかと思ったりもする。
いくつか聞いて、さて帰ろうと数歩歩いたときだった。

『島村ジョーさまから彼女さんへ』

えっ?


思わず振り向く。

目の前には花火。

 

なに?


なに、これ。

 

       


夜空に咲く大輪の花。ジョーのメッセージ。


だって、ジョーはいまここにいないのに。

 


いないのに。

 

 

 

 

いないはずのジョーからのメッセージを聞きながら、私は花火大会が大嫌いになっていた。