「悲劇のヒロイン」
    地球に帰って以来、みんなの様子がおかしい。 ジョーはジョーで、何か言いたそうなそぶりをするくせに、結局黙ったままでいらいらすることこの上ない。 それとも 恋人が心変わりをするのをただ耐え忍んだ女性? あるいは 簡単に恋人を失う女性的魅力の欠如した女性? あるいは 浮気者の恋人を持った気の毒な女性? だから、可哀想でも気の毒でもないの。 ほんとよ? だから、私は大丈夫なのに。 あるいは、悲劇のヒロインになって泣いたりすれば可愛いのかもしれない。 そんな彼らを前にして、悲劇のヒロインなんていってられない。 それに僕は浮気者じゃないし。と、ジョーが私の髪に囁く。 「そうでしょう?」 私はジョーの頬を指先で撫でる。 「うん」 だけど、あなたは言ってくれたから。 誰よりも大事だ、って。   だから。     私は悲劇のヒロインにはならない。      
   
       
          
   
         妙に優しいのだ。
         まるで腫れ物に触るみたいに気を遣う。私が傷心なのだろうと勝手に気を回して。
         みんな、いったい私をなんだと思ってるの。
         ねえ、私はそんなに可哀想な役回りなの?
         異星のお姫様に恋人を奪われた女性?
         いい加減にして頂戴。
         私はどれでもありませんから。
         だって、あのジョーが嘘を吐けるなんて思えないし、私はあの一瞬を信じているのだから。
         出発前、ジョーと一緒に夕陽に染まった瞬間を。
         例え戦い前の異常な心理がそうさせたのだとしても。それでも、嘘なら言えはしないだろうし、少なくとも彼の瞳は真剣だった。
         なのにどうして、みんなで私を悲劇のヒロインにしたがるの?
         悲劇のヒロイン。
         そんなの、大嫌いなのに。
         みんなに甘えて、誰も私の気持ちなんてわかってくれないんだわ、なんて言っちゃって。
         でもね。
         悲劇のヒロインて、つまり自分以外はみんな敵にしてしまうのよ。
         誰もわかってくれないなんて決めつけて。
         わかってもらう努力を放棄して、ただ甘えているだけ。
         そんなのにはなりたくない。
         だって、私の周りにいるのは敵ではない。
         優しくて頼りになって、信頼できる大切なひとたち。誰よりも大事なジョー。
         私は同情されてしまうような、可哀想で気の毒な女性じゃないもの。
         「・・・可愛くないなあ」
         「あら。だったら泣きましょうか?浮気者、って」
         「え、あ、嫌だな、冗談じゃない!」
         「ちゃんとわかっていたから、誤解しなかったのよ?」
         「うん」
         「でもね、いい?普通の子だったらきっと誤解していたわ。そのくらい、あなたと彼女は親密だったし」
         「・・・そうかな」
         「そうよ」
         「でも間違えなかったんだ?」
         「当たり前でしょ?」
         私はジョーに愛されている。
         自信があるんだもの。
         「フランソワーズ。その・・・嫌いにならなかった?僕のこと」
         「まあ!あなたが言いたかったのって、それ?」
         「だってさ。君こそ僕のことが嫌になったんじゃないか、って・・・」
         「なるわけないでしょう。ばかね」
         だってずっと信じているんだもの。
         そう言ったら、愚かだと笑われるだろうか。
         たった一瞬の出来事なのに、って。
         でも。
         それでも、あの一瞬があったからこそ私はこうしてここにいる。
         もしもジョーが何も言わないままだったら・・・今頃は、もしかしたら悲劇のヒロインになっていたかもしれない。
         嬉しかったんだもの。
         凄く
         凄く
         嬉しくて。
         このまま世界が滅亡してもいいやなんて思っちゃったんだから。