「バブルバス」

 

 

泡の上に薔薇の花びらを型どったソープを浮かべる。
白とピンクのグラデーション。

私はそっと足を差し入れ、湯に浸かった。


バブルバスなんて久しぶり。
日本人のジョーは、そんなの入った気がしないと言って、いつも温泉粉末を入れて入浴するから、彼のいない時しかできない。
だからいま、私はひとり貴重なバスタイムを満喫している。


湯のなかで手足を伸ばす。

薔薇の花びらが少しずつ溶けてゆく。

薔薇の香りと湯気に包まれて、私は幸せだった。

 

と。

 

「フランソワーズ!」


いやだ、ジョー?

どうして。
今日は遅くなるって言ってたのに。


「・・・こっちか。・・・フランソワーズっ」


声と足音が近付いてきて、あっさりとバスルームのドアが開かれた。
私は泡の中に沈みこむ。

「やだ、ジョー、何よいきなり」

人が入浴中に開けるなんて酷いと思う。

「なんでさ。いつも一緒に入ってるじゃないか」

そう言いながら、どんどん服を脱いでゆく。
えっ、まさか一緒に入るつもり?

と、思う間に、ジョーは湯を波立てて湯船に浸かっていた。

・・・もうっ。


「ん。フランソワーズ、詰めて」
「もうっ。後から入ってきたあなたが遠慮してちょうだい」
「そんなこと言ったって」

ホラ、詰めて詰めてとあっというまに私は彼の膝の上。

「せっかくゆっくり入ってたのに」
「うん?・・・これがフランソワーズの好きな泡の風呂か」
「イヤなら、無理して入ってこなくていいのに」
「おやおや、何をおっしゃるお嬢さん。きみが風呂に入っている間、僕はひとりぼっちじゃないか」
「いいじゃない。子供じゃないんだから、待てるでしょ?」
「子供じゃないから、待てないのさ」

もうっ。
そういうつもりなの?

「ジョー?」
「うん?」
「今日は遅くなるんじゃなかったの?」
「うん。切り上げた」
「・・・そう」

私の体を検分するみたいにあちこち触るジョーは、どこか上の空で。

「くすぐったいわ」
「そう?」

たまにはゆっくり一人で入りたかったのに。
まさかこのために打ち合わせを切り上げてきたんじゃないでしょうね?

じっと見つめると視線に気付いたのか、ジョーが首筋に唇をつけたまま目を上げた。

「なに?」
「・・・ううん。別に」

このひとなら、やりかねない。
クールな顔して実は甘えんぼだもの。

「ジョー?」
「んっ?」
「痕つけないでね」

この前、吸血鬼に血を吸われたみたいに首筋に二カ所並んだ痕をつけられて、隠すの大変だったんだから。

「・・・善処します」

政治家みたいに答えてから、ジョーは改めて抱き締めた。


ゆっくりお風呂に入るという私の夢は、いつになったら叶うのだろう?