「イケメンの条件」

イケメンの条件。
「さわやか」「誠実」あとひとつは?

 

 

「エロさ」


思わずコーヒーにむせそうになって、フランソワーズは大きく息をついた。


「なんですって?」
「うん?エロさって言ったんだよ」
「…私の質問が聞こえなかったのね。いい?イケメンの条件はなにかしらって訊いたのよ」
「うん。ちゃんと聞こえてた」
「で…答えが『エロさ』?」
「うん」

さも当たり前のように涼しい顔で言ってコーヒーカップに口をつける恋人をフランソワーズはまじまじと見つめた。黙っていれば本当にイケメンなのにと思いながら。
このひとはどうして外見を内面が裏切るのだろうか。

「――うん?何?」

フランソワーズの凝視に気付いたのかジョーが怪訝そうに目を上げた。

「だって…それはないんじゃないかしら」
「何故?」
「もう一度言うけれど、イケメンの条件なのよ?みっつの条件のうち、ふたつが『さわやか』『誠実』。それであとひとつがエロさっておかしいわ」
「おかしくないだろう」
「おかしいわよ」
「じゃあ何かい、フランソワーズはイケメンはエロくないとでも言うつもり?」
「そ…うじゃない、けど」

そういう話ではないのだ。がしかし、先刻からエロエロと互いに連呼しているのも妙な光景ではあった。それを思うとカフェという公共の場でこんな話題を持ち出した自分がいけなかったのか。
けれども、害のないふつうの話題だったはずだ。ジョーがこんな答えをしなければ。

「男はエロいほうがいいに決まってる。繁殖力を反映しているわけだし」
「はんしょくりょく…」
「生物世界ではそれが上位にきているじゃないか。小さな虫だって大きな動物だってつまるところは己の子孫をいかにして残すかにかかっている。そのためにみんなメスの気をひこうと必死だろう?」
「…そう、だけど」
「ということはだ。イケメンと呼ばれる男子の外見は女子をひきつけ繁殖に有利に働くものと考えてもおかしくはないだろう?」
「…」

ジョーに理詰めで説得されかけてフランソワーズは頭が痛くなってきた。
生物界全体にわたるようなグローバルな話題ではなかったはずだ。それは絶対的に確かだ。
なのにこのひとはどうしてこんなに必死になって演説を始めたのだろうか。

「…ね」
「うん?」
「ジョーって世間一般的にはイケメンの部類よね」
「さあ。知らないな」
「イケメンなのよ。ということは、よ。ジョーの理論でいけばジョーも必死なの?その…女子をひきつけるのに」
「必死だよ」

当たり前のように答える恋人にフランソワーズはちょっとだけ暗い気持ちになった。
別にジョーは不特定多数の女性に必死になっていると言ったわけではない。それはわかっている。が、それでもなんだかそう聞こえてしまうのだ。そしてそう聞こえてしまう自分がイヤだった。
まったく、どうしてジョーのことになるとあれこれ小さなことから大きなことまで思い悩んでしまうのだろう?
そういう風に悩むのはやめようと決めたはずなのに、なかなかやめられない。
それは自分自身が悪いのかジョーが悪いのか。あるいはもう癖になっているのか。

じっと目の前のカップを見ていたら、ふとジョーが何か言ったようだった。

「えっ?何?」
「え、うん。…別に」
「嘘。いま何か言ったでしょう」
「いや、なんでもない」
「なんでもないって顔じゃないけど」
「うん…その、」

ジョーはちょっときまり悪そうに頬をこするとあさってのほうを見ながらぼそりと言った。


「…必死だよ。フランソワーズに、ね」

 

 


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