「諦められない」

 

 

これって何杯目だっただろう。

僕は目の前に置かれた琥珀色の液体を見ながら考えた。
が、とうの昔に数えることをやめていたからさっぱりわからなかった。

まあ――どうでもいい。

僕はグラスを掴むとその液体を己に流し込んだ。
喉が焼ける感覚。胃が熱くなる。きっと相当に度数が高いのだろう。

なのに全然酔わなかった。

僕はさほど酒に強くはない。本来ならとっくに酔いつぶれていてもおかしくない。
だから、何杯目かわからないくらい呑んだあとは、いつもフランソワーズに介抱されて小言も貰って――


ああ、くそっ。

呑んでるそばからこれだ。酔えるはずがない。

どうしてなんでもかんでもフランソワーズに結びつくんだ。彼女の幻影が現れるんだ。


「荒れてるわね、ジョー」

僕の肩に白い手が触れる。蒼い爪。綺麗なネイルアート。
その手が延びて、僕の顎を捕まえる。

「荒れている原因は女?」
「……さあね」
「可愛いひとね」

するすると近付いてくる唇。僕が顔を背けると、その唇が言った。

「いいじゃない、キスくらい。減るもんじゃないでしょう」

そうだな。

減るもんじゃない。


だけど。


「すまない、トイレ」


蒼い爪から逃げ出す。
もちろんトイレなんかじゃない。


僕はそのまま外に出た。

パリの街は静かだった。

 

――行くあてはない。

 

 

 

 

「いい加減にしてよね、もう!」


フランソワーズが怒鳴っている。まったく、朝から元気がいい。


「あなたのうちのひとが外で伸びてるわよって知らされるこちらの身にもなって頂戴!」


鍵がなかったんだ。


「普通にブザーを押せばいいでしょ?あるいは電話するとか。メインドアにもたれて眠り込んで、みんなの通行の邪魔をするなんて!おかげで私は有名人よ、このアパルトマンの」

ぼんやりしてたら目の前が蒼くなった。

「聞いてるの、ジョー!」
「やあ、フランソワーズ」
「やあ、じゃないでしょ!」
「うん」


そうだ。


「フランソワーズ」
「なあに?」
「キスしよう」
「はぁ?何言ってるの」
「ご褒美」
「まだ酔ってるのね」
「酔ってないよ」
「ご褒美って誰に何の」
「僕に」

誘惑されなかった事への。

フランソワーズは怪訝そうに僕を見ると、しょうがないわねと小さく言った。
そして僕の鼻先にキスをした。

「続きは後よ。まずはシャワーと着替えね」

ほら立ってと両手を引く。
はい行ってと背中が押された。

「手慣れてるなぁ」
「おかげさまで」


やっぱり僕はフランソワーズを諦めることなんてできない。

情けないけれど、それが結論だった。