今思えば、なんて愚かだったのだろうと胸が痛くなる。
過去の自分を許せない。

――無事だったから良かったものの。

なぜあんなにも愚かな行為に出てしまったのか、理解できない。
また、そんな愚かな行為をあっさり許してしまった彼のこともわからない。

あの時の二人は、おそらく酷く愚かだったのだろう。
愚か過ぎて、周りの者はその愚かさを誰も指摘してはくれなかった。

否、あるいは。

あるいは、誰もがその愚かな時期を通り過ぎてきたから――愚かさのわけを知っているから――黙っていたのかもしれない。

しかし。

とはいえ。

私たちに限って言えば、それは許されていい愚かさではない。

命が懸かっていたのだから。

 

 

「刹那の恋」

 

 

 

数年前、宇宙へ行った事件のとき。
とある惑星に行くために乗員全員の鼓動を合わせなければならなかった。
そうしなければ敵にみつかってしまうからである。

誰が行くのかは暗黙の了解のうちに009に決まった。
が、そういう暗黙の了解が適用される場合は決まって危険度は高く、もしかしたら009とは今生の別れになる可能性も高かった。

だから私は無理を承知で志願したのだ。自分も行くと。
私はレーダーだから同行したら便利であると強調して。

しかし。

その場にいた全員が、心のなかで思っていた。
003は鼓動を調整できないから無理である――と。
もちろん私も知っていた。だって私は人工心臓ではないから、強化されてないから、鼓動を自分の意思で調整することはできない。
他のみんなのようにペーシング機能はついていないのだ。
ただ薬物を使うことによって拍動を抑えたり速めたりすることができるだけで、ぴったり一致するようにはできっこない。

だから私が志願するということは、敵に見つかりに行くようなものだった。
できないことを知っていて同行することは他の仲間をも危険な目に遭わせるということになる。

009と目が合った。

――断られる。

叱られる。

諭される。

怒られる。

呆れられる。

私はそれでも目を逸らすことはできなかった。
これきり会えなくなってしまうかもしれないということのほうが、重要だった。
自分の命の危険も――それに伴う仲間への危険も――009へ及ぶ危険さえも凌駕して、ただ一緒にいることだけが大事だった。


「……003」


ため息のように微かな声。
大好きな009の声。

――やっぱり許されるわけがない。
そうよね、みんなの命がかかっているのだから。

そう諦めて、009から目を逸らした。
けれど耳に届いたのは予想しなかった言葉だった。


「わかった。用意してくれ」


――えっ?


だって、ダメモトだったのに。
それに、――うまくいくか自信がないのに。


「003?」

「えっ……ええ、そうね」


009と一緒に行くことができる。
それは自ら望んだことだったにも関わらず、私は不思議に思っていた。

なぜこうもあっさり許可されたのか。

そして他の誰も何も言わないのは何故なのか。

 

 

 

 

愚かだった。

今なら絶対にあんなことはしない。
危険と知っていて志願するなど有り得ない。過去のあの時に戻れるのなら、自分で自分を張り飛ばしたい。

――でも。

今だから、わかる。
なぜ誰も何も言わなかったのか。

過去の自分の愚かさとそれを許した009の愚かさ。
それは等しく同じものだった。

 

ああでも。

それを思うとどうにもじっとしていられなくて、あちこちむず痒いような感覚に襲われてしまう。

あれを若さと言うのだろうか。
あれを――恋だというのだろうか。
そして、あんな状況下であるにも関わらず、仲間がそれを許したのは私たちが刹那でしか恋することができなかったからだろうか。
そんな時間しか残されていなかったから…なのだろうか。

好きとはっきり言えなくて、でも本当は大好きで少しも離れていたくはなくて。
誰かに獲られてしまうと思って初めて気付いた――わけではなかったけれど、そういう状況になって痛いほどわかったことだった。

私は009が好きだ、って。


あの頃の自分は本当に愚かだった。
でもそんな愚かな自分がいたからこそ、今の私がここにいる。

あの頃の、――ただばかみたいに009を思っていた自分がいたから。

 

それは今も変わってはいないのだけど。