「こら。やっと来たな――遅刻だぞ」

 

はっとして振り返る。
そこには、待ち合わせの相手であるジョーが立っていた。
少し怒ったような、呆れたような顔をして。

「――待っててくれたの?」

私の一言に顔をしかめる。

「そんな言い方はないだろう。――待ってちゃいけないかい?」

だって。

もう2時間も過ぎていて――

「あーあ。髪がぐちゃぐちゃだ」

そっと手を伸ばして私の髪の乱れを直してくれる。

「――ん?どうかした?」

――だって。

「そんなに慌てて走って来なくてもいいのに」

微かに笑う。少し呆れたように。

「――僕が帰ってしまうとでも思った?」

それは――

「・・・ごめんなさい」

とにかく謝る。どうしてジョーがまだ待っていてくれたのかよりも遅刻したことを詫びたかった。
しかも、2時間の大遅刻。
こうして待っていてくれたことも奇跡といってもいいくらいで――

「――うん。心配した」
「ごめんなさい」
「ン・・・いいよ。こうして来てくれたんだから」

そうして私を引き寄せ、軽く抱き締めた。

 

***

 

「で?どうして遅れたわけ」

公園のベンチに座り、私が持ってきたパイを食べながら問うジョー。

――そう。あんなに慌てていたのに、彼のために作ったパイだけは忘れずに持ってきていたのだった。
我ながら可笑しくなる。
だって、あんなに悩んでコーディネートした洋服やバッグや靴はすっかり忘れていたというのに、これだけは忘れずにしっかり持って出たなんて。

「・・・寝坊、です」

「寝坊?」
へぇ・・・珍しいね。と、しみじみと私を見つめて呟く。

「・・・最近、レッスンが厳しくて。公演が近いから――」
「ふーん」
「昨夜も夜中になっちゃって、それからあれこれ準備をしていたら、寝そびれてしまって」
このパイを作っていたりしていたのだ。

「――ダメだなぁ。ちゃんと寝ないと」
「うん・・・本当にそうね。結局、お昼になってから眠くてしょうがなくて、それでほんの少し仮眠をとるつもりで」
それですっかり寝過ごした。

ジョーはふたつめのパイを食べ終わると、缶コーヒーを飲みながらベンチの背もたれに寄りかかり、私のほうを見つめた。

「――確かに、ちょっと疲れているみたいだな。だったら、僕との約束なんか後回しにすればよかったのに」

簡単に酷いことを言う。

「無理することなんかなかったのに」

「だって・・・」
私は会いたかったんだもの。あなたに。

「別に、今日どうしても、ってわけでもないしさ」

――ジョーは。

私ほどには会いたいと思ってくれてはいなかった。

それを知る事は――辛かった。
私は、昨日約束をしてからずっと・・・何を着ていこう、久しぶりだから彼の目に可愛く映るような格好をしよう、そうだジョーの好きなパイも焼いて持って行かなくちゃ・・・と、考えて考えて――楽しかったのに。

でも、ジョーはそうじゃないんだ。

私に会うのなんか、余った時間の遣い方のひとつに過ぎなくて、どうでもよくて――

俯いて、膝の上で手をぎゅっと握り締める。泣いてしまいそうだった。

私だけ、楽しみにし過ぎていて・・・ばかみたい。

 

 

「でも――良かった」

ジョーの声とともに、私の頭の上に大きな手がのせられた。

「・・・すっぽかされたのかと思って落ち込んだ」

――え?

思わず見つめた先には、気まずそうに笑うジョーがいた。少し瞳を細めて。

「携帯は通じないし」
「・・・電源を切っていたから」
ゴメンナサイ・・・と小さく言う。
「でも、ジョーの携帯も繋がらなかったわ」

すると、胸ポケットから携帯を取り出して見せた。
電源が入っていない。液晶画面も真っ暗で――濡れてる?

「ジョー、これ・・・?」
「水没したんだ、さっき」

私を待っている間、ちびっ子達と遊んでいて噴水の中に携帯を落としてしまった。と、言いにくそうに。

「だから通じなかったのね」

着信拒否されていたわけじゃなかった。

「――本当に遅れてごめんなさい。・・・怒ってるわよね?」
「怒ってるよ」

言うと、私の頭をそのまま抱き寄せた。

「そんなに僕に会いたかった?」
耳元で囁くように言われる。
「睡眠時間を削っても惜しくないくらい?」
「――それは」
困って、至近距離にあるジョーの顔を見上げると――

 

「――僕も会いたかったよ。・・・物凄く」

 

ジョーはアップルパイの味がした。