「好きなひとは?」

 

 

「好きな・・・ひと。いるような、いないような」


私は海のむこうの遠い国にいるひとのことを考えた。
好きかと訊かれれば、好きと答えるだろう。
でも、好きではないかと訊かれたら、そうかもしれないと答えてしまう。
好きなのか、そうではないのか、自分でもよくわからない。
だから、好きなひとはいるようないないような。そんな感じ。


「だったら、僕と付き合いませんか?」
「えっ?」
「いるようないないようなひとなら、いいでしょう?僕は君が好きなんです」
「・・・はぁ」

私はぼんやりと目の前のひとを見た。
そういえば、好意を告白されそうな気がしていたんだった。だから先刻から、彼が私に好意を告げないように気を付けて話をそらしていたのに。

ああもう。
とんだ失策。

私は内心頭を抱えた。意味もなく目の前のラテをかきまぜる。


沈黙。


視線だけを痛いほど感じる。


見られてる。
答えを待たれている。
顔を上げたら答えなくてはならない。
言うことは決まっているけれど、ついさっき「好きなひとは、いるようないないような」なんて言ってしまった後では説得力に欠けるだろう。どうしたら傷つけずに断れる?
どうしたって傷つくのかもしれないけど、だから、それを未然に防いでいたのに。
隙が出来たのは、あそこに座ってこちらを見ているひとのせい。


どうしてパリのカフェにいるの。


どうして見ているだけなの。


誰かと待ち合わせ?私とは関係なく。
でも、だったらどうしてずっとこちらを見てるの。

本来ならば、海のむこうの遠い国にいるはずのひと。
いったいここで何をしているの。
あるいは・・・実は真っ先に浮かんだのだけど・・・ミッション参加のお迎え?
だから、私の用事が終わるまで待っているのかもしれない。ただそれだけのことなのかもしれない。

・・・そうよね。

私は他の理由・・・例えば、私に会いに来たというのを期待していた。ちょっとだけ。


・・・ううん、とっても。


私は顔を上げた。
あそこにいるひとには関係なく、私は誠意をもって答えなくてはいけない。

「ごめんなさい。私」

やっぱり好きみたいなの。さっき、いるかいないかわからないって言ったひとのことが。だから、あなたのお気持ちは嬉しいけれどお付き合いはできません。

・・・って、言うはずだったのよ。ほんとよ?

でもね。

あそこにいるひとが辛そうな顔をするから。

両手を拳にしてぎゅっと握り締めているから。

唇が私の名前を呼ぶ形になったから。


だから。


「ごめんなさい。本当は恋人がいるんです」

目の前のひとに気遣いしてあげられなかった。
気付いたら、席を立っていて。
気付いたら、本当は海のむこうの遠い国にいるはずのひとの前にいて。

気付いたら・・・抱き締めていた。


「・・・ばか」
「うん。ごめん」


些細なことでケンカして、そのまま帰ってきてから一週間。
まさか、来てくれるなんて思わなかったんだもの。


「やっぱり、フランソワーズがいないとダメみたいだ」

一週間、我慢してみようと頑張ったけど無理だったと明るく言うから、私はジョーを抱き締めるしかなかった。もうケンカしたまま帰るのはやめるわ。飛行機の中で泣くのはもうたくさん。

「好きなひとがいるかいないかわからないって聞いた時の僕の気持ちがわかるかい?」
「盗み聞きしてたの?いけないひと」
「・・・好きなひとはいるの」
「・・・ばかね。でも、そんなひとが好き」
「趣味が悪いな」
「本当ね」


そして顔を見合わせて笑った。

一週間ぶりに。

 

 

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