「月が出てるから」
その夜は満月だった。
お盆のように、まあるい月が僕を照らしている。
僕はひとり、ここにいる。
ある一点を見つめてずっと一人で。
・・・嫉妬にかられて。
彼女が・・・僕の愛しいフランソワーズが、僕の知らない男と一緒にいる。
夜中に。
その意味を考えただけで、全身の血液が沸騰し逆流するようだ。
しかし、同時に心臓を鷲掴みにされたかのように胸が痛い。
頭ががんがんする。
喉がひりひりする。
きっと僕はもうすぐ死んでしまうのだろう。
彼女に裏切られた憤怒と悲しみによって。
だからフランソワーズ。
君は知らなければならない。
僕の想いを。
僕の愛を。
どんなに愛されているのか知らなくてはならないのだ。
僕は彼女の部屋の窓を見つめている。
既に真夜中だった。
いつからここにいたのか覚えていない。
そして・・・部屋の電気が、消えた。
僕は彼女の部屋のベランダに音もなく降り立った。
静かだった。
しかし、いまこの瞬間にも彼女は・・・他の男の腕のなかで、僕しか知らない顔をしているのかもしれない。
僕しか知らない、可愛くてセクシーな声で愛の言葉を囁いているのかもしれない。
胸が痛い。
本当ならこのまま立ち去り、彼女からの別れの言葉を待つべきなのだろう。
いま彼女に会っても、それは・・・見たくはない光景を見てしまうだけなのだから。
だけど、じっとしているなんて到底無理なのだ。
だから、僕は
「ジョー?」
部屋に明かりがついて、窓が開いた。
「やだ、どうしたの?どうしてここにいるの?」
矢継早に質問をする彼女にとりあわず、僕は彼女の背後に目を走らせる。
男がいるのではないか。それとも、もう逃げて・・・
僕の頬に彼女の指先が触れた。
いつの間にか、彼女は僕の目の前にいて。
「ジョー?・・・誰かとバカンスのはずじゃなかったの?」
・・・男の影はなかった。慌てて出ていく足音もしない。
「だから、あなたの影が見えた時は驚いたわ」
「・・・誰かとバカンスって何」
「・・・テレビで見たの」
そうポツリと言って、悲しく目を伏せるフランソワーズ。
その頬にあるのは、涙の痕だろうか。
「・・・君こそ、いま誰かと」
「誰もいないわ。私はひとりよ」
ひとりなの。と、小さく呟く。
闇に溶けて消えてしまうようだった。
「・・・僕もひとりだよ」
「だって」
誰かとバカンスだって?
笑わせるな。
フランソワーズ以外の誰と過ごすというのだ。
「君が誰かと一緒にいると思って、それで」
ここにいるのだ。
「・・・今日、お友達の結婚式だったの。遅くなったから送ってもらったのよ」
それだけなのか。
それだけなのか?フランソワーズ。
僕は彼女を抱き締めた。
切なくて、恋しくて、胸が痛い。
「ジョー?」
おそらく、後で僕は訊かれるだろう。
なぜ誤解をしたのか。
なぜここにいるのか。
その理由は僕にもわからない。
誰に聞いた事なのかも知らない。
ただ・・・
きっと、月が出ていたからだろう。
僕は彼女の耳元で囁いた。
「僕のバカンスはこれからだよ」