「その目に他の誰をも映すな」
〜映画「超銀河伝説」より〜

 

 

「――きみの目には何でも見えてしまうんだね」

唐突に言われ、フランソワーズは驚いて振り向いた。

 

哀しい瞳。

それは――彼自身が哀しいのか、彼女を思い哀れんでいるのかわからない。
ただ、哀しい色を湛えていた。

 

「どうしたの?急に」

 

ファンタリオン星の宮殿跡であった。
先ほどまでジョーと王女がここで話をしていた。

フランソワーズはそれに気付かずここに――
否。
本当は、彼らが二人っきりで居ることもわかっていたし、何を話していたのかもじゅうぶんわかっていた。

王女からの突然のプロポーズ。
それを全然、わかっていない009。

王女はどうみても必死だった。
当たり前である。種の保存という意味では、既に彼女しかいないのだ。
新しい血を容れるためにも、若くて強い男性の存在は必要不可欠なのだ。
直接的な物言いも、おそらくこの星ではそれが普通なのだろう。
地球の、ことに日本のようなはっきりしない言い方はしないのだろう。
しかし、ただでさえ鈍い朴念仁の009にはそれでも何にも伝わらなかったのだ。

あまりにもいたたまれなくて、二人の間に割って入った。

このままでは王女が悲惨すぎる。

せめて――ちゃんと断るか、――承諾するか、答えるべきなのに。

 

どちらもせず、ただぼうっと突っ立っている009は最悪だった。

 

 

 

 

ジョーの方にも言い分はある。

遠い星の、人類とは思えない生物――要は宇宙人だ――に、
ここに残って一緒に子供を作ろうと言われても何にも具体的なビジョンが浮かばない。
相手が人間形をしているとはいっても、その子供の作り方だってジョーが知っている方法ではないかもしれないのだ。
・・・それはともかく、それ以前にジョーはそんな気はさらさらなかったのだ。

囚われの王女を助けた者は彼女と結ばれる。

というのが、おとぎ話の定番であるのかどうかは知らない。
が、周囲の空気がそのような感じになっていることには薄々気がついていた。
当の王女もそう思っているようだったのだ。

しかし。

自分の気持ちは彼女には向いていない。

どうしたって、無理なのだ。

あるいは、王女に先に会っていたなら、もしかしたら――何かが変わっていたのかもしれない。

――否。

それでもやはり、何も変わらなかっただろう。
もしも先に王女に出会っていたとしても、003に会った瞬間に自分は全てを003に捧げてしまうだろうからだ。
順番なぞ関係ないのだ。

どんなに哀願されても答えはひとつしかない。
だから、――肯定も否定もしなかった。答える必要もないのだ。
自分は部外者であり、そういう対象ですらないのだから。

しかし、そんな遣り取りを彼女は聞いてしまい――おそらく、見てもいたのだろう。

自分と王女が寄り沿っている所を見て、彼女はどう思ったのだろうか。

ここへ来て、せめて怒るか泣くか――感情を発露させてくれればまだ良かった。
しかし、003は何も言わない。

それはジョー自身がどういう身の振り方をしようが自分にとってはどうでもいい――と、思っているからではないだろうか。

 

不安になった。

 

 

 

 

「・・・そうね。見えるわ。何でも」

 

静かに言われた言葉は、ほんの少し自嘲気味だった。

 

「便利よ」

「違う、僕はそんなつもりでっ・・・」

「いいの。本当に便利だから」

 

009は拳を握り締めた。

 

違う。
そんなつもりで言ったのではない。

 

「――何でも見えるけれど、何にもわからないこともあるわ」

 

空を見て003は言う。
009を責めるでもなく、静かに。

 

「・・・心のなかまでは見えないから」

 

その姿が儚げで、思わず009は003を腕に抱き締めていた。

 

「――ジョー?」

 

ふ・・・っと蒼い瞳が彼を射る。
抱き締め返すでもなく、ただ静かに。

 

「フランソワーズ。――お願いだ。何か言ってくれ」
「何かって・・・何、を?」

どうして王女と二人で会っていたのか――や、彼女と仲良くしないで――とか?
そう言って欲しいのだろうか僕は。

009はぎゅっと目を瞑った。

「何でもいい。何か言ってくれ」

003はそっと009の腕を撫でた。
あやすように、なだめるように。

 

「――女心がわかってないのね」

 

わかってない。

王女の気持ちも、私の気持ちも。

何にもわかろうとしないひと。

 

「私にはあなたの心までは見えないのよ?」

 

いくらあなたを見つめていても。

 

 

 

 

 

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