「・・・フランソワーズ」

 

彼の声が響く。

――こんな時だというのに、私は彼の声が私の名を呼ぶその響きに胸が熱くなった。

はじめて聞く、彼の声。
私の名を呼ぶ声。
呼んで欲しくて、聞きたくて仕方なかったその声は、けれども甘さを含んでいるどころか険を含んでいるのだった。

「どうして勝手にあんなことをしたんだ」

続く言葉は硬質で・・・どんな言い訳も許さないようだった。

「・・・ごめんなさい」
「駄目だ。ちゃんと答えないと許さない」

ちゃんと答えても許してくれないだろう事は明らかだった。

「――きみが腕からすり抜けて行った時。そして倒れた時。僕がどんな気持ちでいたかわかる?フランソワーズ」

声がさっきより近くなった。
椅子をベッドサイドに引き寄せて座ったようだった。

「――情けなくて仕方なかった。きみを守れず、――守ってもらうしかないような自分が情けなくて」
「ジョー?」
「・・・ごめん。ちゃんと守ってあげられなくて」

そんなの、あなたが気に病むことなんかではないのに。

「・・・私だって003なのよ?――たまには誰かを守ったりもできるわ」

いつも守られてばかりの自分は嫌い。

「――そんなことを言ってるんじゃない。僕は」

いったん言葉を切って。

「僕は、きみを危険に晒すことには耐えられない。――そんな事が毎回あったら、僕は闘えない」

そんな事ないでしょう?

「――本当だよ?――きみが傷つくところなんか見たくない。そんな事になるんだったら、僕は怖くて闘えない」

怖い?
どうして?
アナタは最強のサイボーグの――009なのに?

「――だから、頼むよフランソワーズ。――もう、勝手な事はしないと誓ってくれ。じゃないと僕は――」

どうしてそんな事を言うの?

「フランソワーズ。聞いてる?」

だって。

「――フランソワーズ」

だって。

 

お願い。期待させないで。

そんなに優しく名前を呼んだりしないで。

嬉しいはずなのに――苦しくて、胸がつぶれてしまいそうだった。

叶わぬ想いなら、そのまま触れずにいたかったのに。

 

「・・・フランソワーズ?――どうして泣くの」

それでも私は顔を上げられず、ただ泣くしかできなかった。

「ごめん。怒ってるんじゃないんだ。そうじゃなくて――」

そうっと髪を撫でられる。

「――無事でよかった。って言いたかったんだ」

守ってくれて、ありがとう――と、微かに聞こえたのは私の願望が聞かせた幻聴だったかもしれない。

でも。

「・・・フランソワーズ」

私の名を呼ぶこの声は幻聴ではなかった。

「フランソワーズ」

まるで、今までそう呼ばなかったことを埋めるように繰り返される「フランソワーズ」の大量生産を聞いているうちに、なんだかずっとそれを気にしていた事が可笑しくなってきてしまった。
――どうしてそんなちっぽけなことを気にしていたんだろう?
名前を呼ぶ呼ばないなんて――全然、大したことじゃないのに。

「・・・フランソワーズ?」

「なぁに?ジョー」

顔を上げて、彼の目を見つめると――彼はびっくりした顔をして、そして慌てて目を逸らせた。

「・・・何でもない」

 

叶わぬ想いではあるけれど――まだ、この想いは捨てなくてもいいのかもしれない。