嘘だ。 そんな事があるわけがない。 「・・・フランソワーズ」
一度、名前を呼んでしまったら、僕はタガが外れたように何度も何度も呼んでいた。 何度も何度も。 それこそ、用もないのに。 そんな自分がみっともなくて、つい――叱ってしまった。なぜ勝手な事をしたのかと。 だから、当然の事ながら・・・彼女を泣かせてしまった。 彼女を泣かせる者など許せないと思っていたくせに、当の自分がそうなってしまった。
僕はいったい何をやっているんだ?
そう思いつつも、目の前で泣いているフランソワーズが――とても可愛くみえた。 僕は抱き締めたい衝動を堪え、そうっと彼女の髪を撫でた。 「・・・フランソワーズ」 お願いだから、泣きやんでくれ。じゃないと僕は。 「フランソワーズ」 そうっとそうっと髪を撫でる。でもフランソワーズは僕のほうを見ない。 僕を見ない。 「・・・フランソワーズ?」 聞こえているはずなのに、顔を上げないのは・・・それは僕を拒否しているからに違いなかった。 「なぁに?ジョー」
・・・えっ? 視線の先には空のように真っ蒼の、一組の瞳。目元には涙の粒。 目が合った。 ――目が。
彼女に僕の声が・・・届いた? 絶対に届かないと、届くはずが無いと信じてきたのに。 ――嘘だろう? 慌てて目を逸らす。 だって、――そんなバカな。
「・・・何でもない」
用もないくせに呼んでしまった僕を叱るでもなく、彼女はそこにいた。
それきり部屋に沈黙が下りてきても、不思議と苦ではなかった。
・・・もしかしたら。
――いや、そんなはずはない。 そんなはずはないんだ。
でも。
僕の声は、彼女に届くのかもしれない。
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