嘘だ。

そんな事があるわけがない。
僕が名前を呼ばないからってそんな事が――

「・・・フランソワーズ」

 

一度、名前を呼んでしまったら、僕はタガが外れたように何度も何度も呼んでいた。
その名前を。
惚れた女の名前を、愛しいひとの名前を。

何度も何度も。

それこそ、用もないのに。

そんな自分がみっともなくて、つい――叱ってしまった。なぜ勝手な事をしたのかと。
本来なら自分自身に向けるべき怒りを彼女に向けてしまっていた。
本当は、無事で嬉しいと伝えるべきであり、守ってくれてありがとうと言うべきなのに。
なのに、どうしても――不安で心配した分だけ、怒りに支配されていた。

だから、当然の事ながら・・・彼女を泣かせてしまった。

彼女を泣かせる者など許せないと思っていたくせに、当の自分がそうなってしまった。

 

僕はいったい何をやっているんだ?

 

そう思いつつも、目の前で泣いているフランソワーズが――とても可愛くみえた。
可愛い――綺麗、だ。
彼女の涙なんて久しく見ていない。――当然だ。泣かないように、涙を見せることがないように僕が大事に守ってきたのだから。
フランソワーズの泣いている姿なんて、絶対に見たくないと思っていた。が。
こんなに可愛いなんて、知らなかった。

僕は抱き締めたい衝動を堪え、そうっと彼女の髪を撫でた。
手が震える。
情けないことに、かなりの意志を動員しなければ抱き締めてしまいそうだった。
僕にはそんなことをしてもいい権利などないのに。

「・・・フランソワーズ」

お願いだから、泣きやんでくれ。じゃないと僕は。

「フランソワーズ」

そうっとそうっと髪を撫でる。でもフランソワーズは僕のほうを見ない。

僕を見ない。

「・・・フランソワーズ?」

聞こえているはずなのに、顔を上げないのは・・・それは僕を拒否しているからに違いなかった。
怒っても、優しくしても、何をしても彼女にとって僕はとるに足らない者なのだ。
いてもいなくてもいい、どうでもいい存在。
「仲間」だから、仕方なく一緒にいるだけで、僕の腕に守られるのは彼女の意志ではなくほかの仲間の大意だから従うしかないからで――

「なぁに?ジョー」

 

 

・・・えっ?

視線の先には空のように真っ蒼の、一組の瞳。目元には涙の粒。

目が合った。

――目が。

 

彼女に僕の声が・・・届いた?

絶対に届かないと、届くはずが無いと信じてきたのに。
呼べば届くと言わんばかりに、あっさりと。

――嘘だろう?

慌てて目を逸らす。

だって、――そんなバカな。
届いていいはずがないんだ。大体、僕と彼女のすむ世界は違うというのに、どうして――

 

「・・・何でもない」

 

用もないくせに呼んでしまった僕を叱るでもなく、彼女はそこにいた。
かといっていたたまれない気分にもならなかった。

 

それきり部屋に沈黙が下りてきても、不思議と苦ではなかった。

 

・・・もしかしたら。

 

――いや、そんなはずはない。

そんなはずはないんだ。

 

でも。

 

僕の声は、彼女に届くのかもしれない。