ギルモア邸について、ともかく誰構わず声をかけて――そうして運び込まれ治療が施され、やっと私はジョーに会えた。
ベッドに横たわり目をつむっている。
博士いわく、どこも壊れてないし異常もないから、じきに目が覚めるだろうとのこと。もちろん、命に別状もない。

私はそうっと彼の額に指先で触れた。
まだボールの痕が残っている。


――ジョーは私の代わりになってくれた。


あのまま話していれば、おそらくボールは私の後頭部を直撃していたはずで、私はジョーよりも頑丈にできていないから、もしかしたら、そのまま――

だけど頑丈にできているとはいえ、痛みを感じないわけではないし、衝撃だって受けるのだ。


「・・・ジョー」


009だから、って。リーダーだから、って。そこまで守らなくてもいいのに。私のことなんて。
ううん。
本当なら、ジョーだったら除けられたかあるいは受け止めるくらいできていたはずなのだ。
なのにそれができなかったのは、私がいたから良く見えなかったのだろう。

だから、全部――私のせい。


「・・・ごめんなさい」


するとジョーの睫毛が揺れて――ゆっくり目が開いた。


「・・・フランソワーズ?」
「ジョー。・・・痛い?」
「いや」
「気持ち悪い?」
「平気」
「でも」
「もう平気だよ。なんともない」


そうして起きようとするから、思わず彼の両肩に手をかけて押し戻した。


「駄目よ。まだ寝ていなくちゃ」


ジョーはおとなしく枕に頭をつけた。


「・・・だけど、」
「駄目。お願い。いまは寝ていて」
「・・・かっこ悪い」
「・・・私のせいで。・・・ごめんなさい」
「別にフランソワーズのせいじゃないよ」
「でも、私のせいでよく見えなかったんでしょう」
「違う」
「ううん。庇ってくれなくていいの。だってそうなんだもの」
「違うよ」
「だって」
「あの時、ボールを受け止められなかったのは――ちょっと他の事を考えていたからで」
「――他の事?」


ジョーは少し居心地悪そうに頭の位置を直した。
私はその時の会話を思い出して――顔が熱くなった。

あれは。

あの時は。

私の迂闊な発言を追求されかけた矢先だった。


「そう。――どうして」


どうして僕の好きなものを知っていたの?


「ま、待って」


私は慌てて、てのひらを彼に向けて言葉を止めた。でもジョーは構わず続ける。


「僕が009だから?それとも、他のメンバーの好きなものも知っているというだけの話?」
「え」
「それだけ訊きたかったんだ」


そんな――それは違う。
みんなの好きなものを知っているから、ジョーもそのなかのひとりなんてことは絶対にない。

でもジョーは・・・そう思ったの?


「それが気になって、ボールに気付くのが遅れてしまった」


ああかっこ悪い。とふいっと横を向く。


「あんなの、ほんとだったら受け止められたのに」
「ごめんなさい」
「フランソワーズのせいじゃないよ。・・・いや・・・ある意味、そうなるのかな」
「ジョー?」
「だってさ。・・・気になってずっとそれだけ考えていたから」


――えっ?


ジョーは視線を合わそうとせず、身体ごと向こう側を向いてしまった。
それっきり、待っても何も言わない。


「――今日、アップルパイを焼くけど・・・食べられる?」


ジョーの肩が揺れる。
そして、小さく「うん」と言う声が聞こえた。


「ジョーのぶんだけ」
「えっ?」


ジョーが顔だけこちらを振り返る。


「・・・助けてくれたお礼」
「ああ――そう」


再び向こうを向いてしまう。


「――だって好きなんでしょう?」


答えない。


「みんなのぶんは作れないの。だって、・・・ジョーの好きなものしか知らないから」


早口で言って、そこを離れようとしたけれど電光石火の早業でジョーに腕を掴まれていた。


「ジョー、ずるい。本当は元気なんじゃない」
「だからそう言ってるだろう」


褐色の瞳がじっと見つめる。

逸らせない。

だから、私も――彼を見つめた。


「・・・相手がフランソワーズじゃなかったら、もっとかっこよく助けられたのになぁ」
「えっ?」
「見惚れたぶん、反応が遅れた」

 

 

***

 

***

 

 

ジョーの額のボールの痕は、翌日には綺麗に消えたけれど――

 

お互いの気持ちは消えずにそれからも残ったままだった。

それぞれの、お互いの心の中に。