「今日は特別」
フランソワーズは湯船のなかで手足を伸ばした。 今日のような任務。 それを考えるとフランソワーズの眉間にかすかに皺が寄った。 「ふう…」 満足したように息をつく。 そんな夜であった。 しかし。 「……遅いわね、ジョー」 なにやってるのかしら、と首を傾げた。
夕食後、フランソワーズがお風呂に入って寝るわと宣言した時、じゃあ僕も一緒に入るよと笑って言ってたジョー。だからすぐにやってくると思っていたのに、髪を洗い体を洗ってあとは温まるだけという段階になってもジョーは姿を見せない。いったい何をしているのだろう? 「もう…のぼせちゃうわ」 それでも、ジョーが「僕も一緒に入る」と言っていたから、待ってみる。 しかし。 今日はジョーと一緒に温まりたかったのだ。 「……ジョーのばか」 ミルキーローズの湯を指で弾く。 「……自分のほうが凍えそうだったくせに」 雪崩を起こす原因となった人物。それは人間の男だったけれど、ひとりではなかったのだ。 ジョーも同じ立場なのだから、同じように思っているはず。 そう信じて疑わなかったのだが。 こうしてなかなかやってこないということは、それは自分だけの思いあがりだったのかもしれない。 フランソワーズが立ち上がった時だった。
ジョーが戸を開けて入って来た。 「ん。どうかした?」 フランソワーズは浴槽から出ると、ジョーの首筋に腕を回した。 「……冷たいわ」 フランソワーズはそのままジョーをぎゅっと抱き締めた。 「何か心配だった?」 ジョーも「ある者」の毒牙にかかって、犯人の男と同じように―― 「イヤだな。僕が誰かわかってるかい?」 「……そうね」 しかしジョーの体は未だ低体温といってもいいくらい冷たかった。自分はその場にいなかったからわからないが、もしかしたら雪女の冷気を直接浴びたのかもしれない。だから他のメンバーはジョーを連れて帰ることに異議を唱えなかったのかもしれなかった。 「でも、綺麗なひとだったんでしょう」 それだって、時々手に余るんだしね――とフランソワーズの髪に鼻を埋めた。
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「え…雪女…?」 では目の前にいるのは、ただのコスプレ好きの女性なのだろうか。 こんな雪山で? 着物一枚で? 「助けて、……寒いの」 乞われるように手を伸ばされ、ジョーは思わず一歩前に踏み出した。 「ジョー!近付くな」 ハインリヒが左手を構えた。 「おそらく異能だろう。わかりやすく言えば水使いだ」 口をすぼめたと思うと、一気に冷気を噴き出した。 「なっ…」 凍るハインリヒに目もくれず、女性はジョーに向かって突進した。 「ジョー!肺が凍るぞ、息を止めろっ」 決死の形相でハインリヒが叫ぶ。 「くっ…」 体がどんどん冷たくなってゆく。 雪女の舌が絡みつく。 「…っ」 ジョーの体は限界を越えて凍りついてゆく。 「ジョー、なにやってるっ」 ハインリヒの声が遠くに響く。 「ふふっ、次に目覚めた時あなたは私のもの」 ジョーの体から力が抜けてゆく。そのまま膝をつく…と思った瞬間、ジョーは渾身のちからをこめて雪女を抱き締めていた。 「えっ、何を…熱い!!」 ジョーの体が赤く染まってゆく。体温を急上昇させているのだ。剥がれようとする雪女。しかしジョーは離さない。 「僕はきみのものじゃない。フランソワーズのものだ」 そうしてばったりと倒れたのだった。
後にハインリヒが語ったところによると 「あんな熱いジョーは見たことなかったぜ」 とのことだったが、それは文字通り体が熱かったことを言っているのか 誰にもわからなかった。
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