「まさか、あんなセリフを本当に口にする人がいるなんて思わなかったわ」
あの日からどのくらい経っただろう。
あの頃はまだ二人ともお互いの距離感がわかってなくて、キスひとつするのにも何かしらの理由を捜していた。
「どうして?きみだって知ってるだろう?元々はフランスの小話なんだし」
知ってたくせに言わないなんてズルイぞ。と、続ける。
「言わなかったわけじゃないわ、ただ言うきっかけがなかっただけよ」
「あ。ズルイなぁ、そんな言い方」
ズルイを連発するこの人は、恥ずかしいセリフもさらりと平気で言ってしまえるひと。
初めて会った時には、そういうひとだなんて夢にも思わなかったのに。
「ね。返して」
そんな私の思いを知ってか知らずか、ジョーは私に腕を回す。
絡みついてくる腕を避けながら、私は言う。
「イヤよ」
「駄目だよ。返して、って言っただろ?」
「平気でそういう事を言うひとは知りません」
「冷たいなぁ」
「氷でできてますから」
「じゃあ、僕が溶かすっ」
「っ、ジョーっ」
・・・結局は捕まってしまうのだけど。
少しずつ返してなんて、いったい何年かかるのかしら・・・と思っていたけれど。
このままだと案外早いのかもしれない。
「ん?何か言った?フランソワーズ」
「・・・なんでもないわ」
「どうせ、案外早く返すことになるとか思っていたんだろう?」
鋭いのね。
「がっかりしなくても、すぐに新しいのを贈るから、これは永遠に続くのさ」
にやりと笑った彼に、私も思わず笑っていた。
「・・・そうね。私も新しいのが欲しいわ」
「だろ?」
口紅を贈るから、少しずつ僕に返してね
なんて、一生聞くことがないセリフナンバーワンだと思っていたのに。
口紅とキスのセットは永遠に続くらしい。
だったら、途切れさせないでね。
少しずつ返すから。
|