――ひとりでも、見に行ってみようか。

 


結局、僕はフランソワーズを見つけられずにいた。
みんなはそんな僕を非難の目で見ていたけれど、僕に言わせればフランソワーズがまだ日本にいると考えるほうがおかしい。とっくにフランスにいるに決まっている。
なのに日本の、それもこのへんにまだいるのだと思うほうがおかしいだろう。

だから僕はみんなを避けるようにギルモア邸を出て、サーキットに通い――そして思い立ったのだった。

あの公園に行ってみようか、と。

テレビの天気予報では、もう桜の見頃は終わっていて散り始めているという。花見をするなら今週いっぱいでしょう――と。

 

――花見か。

 

そんなもの、したことはない。
ひとりで見に行ったことなどなかったし、もちろん、誰かと一緒に見に行ったこともない。
桜を見たからどうだっていうんだと、そんな気持ちだったのだろう。
だけど今はなんだか無性に見たかった。
たぶん、隣にフランソワーズがいないのが寂しくて仕方がなくなるだろうと思いながら、僕は車を例の公園に向けて走らせた。

 

 

***

 

 

車を降りて、向かおうとしたところで――心臓が止まるかと思った。
何しろ、ずうっと向こうの桜の下に見えるのはフランソワーズだったのだから。

 

見間違いか。

 

幻覚か。

 

彼女を求める僕の気持ちが勝手にそんな映像を作って僕自身に見せているのか。

 

頭を振った。

 

消えない。

 

ぎゅうっと目をつむった。

 

消えない。

 

思いついて、携帯電話を取り出し深く考えもせずに彼女の番号を呼び出していた。
そういえば今まで電話すらかけていなかったなと思いながら。
我ながら――笑ってしまうけれど――フランソワーズが「無理」と言って出て行ったことと、「捜さないで」と念押しするように言ったことがけっこうショックだったらしい。
だから僕は、フランソワーズに連絡をしようともしなかったのだ。

 

「――もしもし?」

視界の向こうにいる金髪の女性が電話を耳に当てている。
やっぱりフランソワーズだった。
耳に響く彼女の声が、あれは幻覚ではないと僕に伝える。

――ひとりで桜を見ているなんて。

それとも、実は誰かと一緒なのだろうか。


どちらでもよかった。

 

 

 

***

 

 

 

「――足りないよ。君が」

 

勝手に帰るなんて許さない。
勝手に僕から離れるなんて許さない。

僕にはフランソワーズが必要で、――いなくなったらきっと、僕は僕ではいられなくなる。
一分でも一秒でも長く一緒にいなければ耐えられない。

僕はフランソワーズじゃないと駄目だ。
フランソワーズしか要らない。
誰にでも優しいわけじゃない。そんなことはできない。
もしできるというなら、それはそばにフランソワーズがいるからだ。
フランソワーズがいるから、僕はいくらでも他人に対して優しくなることができる。なれるのだろう。

 

「・・・わがまま」
「そうさ、僕はわがままなんだ。いけないかい?」

僕の声にフランソワーズは小さく笑ったようだった。

「ううん。――いい」

僕は腕を伸ばしてフランソワーズを抱き締めた。
フランソワーズも僕を抱き締める。

僕がフランソワーズを抱いているのか。

フランソワーズが僕を抱いているのか。

どちらでもいい。
僕に必要なのは僕を抱き締めるこの腕なのだから。

あやすように抱き締めているのは、僕とフランソワーズのどちらだろう?

あやされているのはどちらだろう?

 

 

「――帰らないわ」

 

小さく聞こえた声に視界が滲んだ。

 

桜の花が風に舞った。