言っている意味がわからなかった。

何を言っているのだろう、このひとは。
私が足りない?
どういうこと?

「だって、あなたにはレースがあるんだし、私はパリに帰ってバレエの」

口早に話し始めた私の声に、妙に明るい声が被る。

 

「――うん。だから、迎えに来た」

 

桜の花びらが作るピンク色のじゅうたん。
それはいつの間にか途切れていて――公園の出口だった。

車にもたれて、携帯を耳にあてこちらを見ているそのひとは・・・

「・・・どうして」

だって、レースのセッティングがあるから、って・・・・

 

「言っただろう?足りない、って」

 

風が樹を揺らす。
わずかに残っていた花びらが風に舞う。

 

「駄目だよ。勝手に決めて。――帰るなんて許さない」

「・・・だって」

「――フランソワーズ。君は平気かもしれないけど、僕は違う」

 

そう言うと数歩で車道を横切り、あっという間にこちら側に来てしまう。
ピンク色のじゅうたんの上。

「平気で帰るなんていうから、僕は――」

怒ってる?

「・・・ごめんなさい。でも、決めたの。明日帰るって」
「駄目だ、許さない」

・・・怒ってる。

「勝手に決めたのは悪いとは思ってるわ、でも、いつかは帰らないといけないし」
「なぜ?」

なぜ?
なぜってそれは。

「・・・パリに帰りたいの。それだけよ」

「僕が止めても?」

「ええ」

止めるふりなんてしなくてもいいのに。
それに、どうせあなたはすぐ・・・レースに戻って私のことなんて簡単に忘れるくせに。

「――待ってるひとでもいるのか」

「え!?」

待ってる、ひとって・・・

「僕は嫌だ。・・・行かせない」

「・・・待ってるひとがいるって言っても?」

ぐらりと彼の肩が揺れる。

「――それでも、行かせない」
「・・・わがまま」
「そうさ。僕はわがままなんだ。いけないかい?」

「・・・ううん。いい」

そうして、どちらからともなくそうっと腕を伸ばし――

 

・・・勘違いでもいい。

それでも、このひとのそばに居られるなら。

 

「――帰らないわ」