「ショッピング」
旧ゼロ・新ゼロのフランソワーズと一緒にお買い物に行く予定だったフランソワーズですが・・・

 

 

某百貨店の正面玄関前。午前9時50分。

三人の003があるミッションのために集結していた。

「いい?目指すはあの階だけよ。ほかへ目を遣っちゃダメ」
「わかってるわ。ほかは後でも十分だもの」
「でも、最上階も気になるわ・・・」

のんびりと言いかけた超銀フランソワーズは、新ゼロフランソワーズとスリーに軽く睨まれ肩をすくめた。

「・・・冗談よ。でも、最上階っていま何をやってるか知ってる?」
「さあ。何かしら」
「バレンタイン前の企画で、『アムール・ド・ショコラ』といってね、世界中の有名どころのチョコが揃ってるのよ」
「ん。ちょっと行ってみたいかも」
「でしょう?後で行かない?」
「行く行く!」
「でもその前に」
「ええ。その前に」

三人、目を合わせ大きく頷く。
ミッション前にチームワークは完璧だった。
円陣を組んで手を合わせエイエイオーと声を出した――わけではないが、精神的にはそんな気分だった。

「・・・ところで、聞いてもいい?」
「あら、私も聞きたいことがあるのに」
「私もよ」

全員が顔を見合わせ、せーの、と同時に言った。

「どうしてジョーもここにいるの!?」

 

・・・そう。
彼女たちの買い物に、なぜか三人の009も同行していたのだ。
が、三人とも不機嫌そうに腕を組んで険悪な雰囲気を漂わせている。
お互いにひとことも口をきかないだけならまだしも――その瞳の険悪さに彼らの周囲だけ人がいない。
まるで誰をも寄せ付けない見えないバリアが張ってあるような。

「・・・女だけってことだったわよね?」

ひそひそと話す003たち。ちらちら009を見ながら。

「それが、ついてくるってきかなくて」
「あら一緒だわ」
「うちも」

そして、大きくため息。

「・・・本当なら、今日はジョーとずうっと一緒に過ごす予定だったの。――でも、今日を逃すわけにはいかないでしょう?そうしたら、予定通り一緒にいる、ってごねて」

昨夜はごねて拗ねて大変だったのだ。

「私も、そんな感じだわ。きみはもうすぐパリに帰るのに、僕と一緒にいるより買い物のほうがいいんだね、ってそれはもうしつこく言われたわ」

そんなことをくどくど言いながら、ずうっと後ろをついて歩くジョーに辟易して連れてくることにしたのだった。

「うちもよ。『買い物だって?荷物持ちがいなくてどうするんだ!どうせきみは後先考えずに買うに決まってるのに重くて足が痛くなっても知らないぞ。誰も手伝ってくれないぞ』って・・・」

素直に僕も行くって言えばいいのに・・・と003たちが見つめるけれど、旧ゼロ009は腕組みして顔をしかめたままだった。

そうこうしているうちに時計が10時を指した。開店である。
が、003たちは別段急ぐわけでもなく、普通の速度でエスカレーターに乗った。少し離れてだらだらと009たちが続く。

全館改装前の売りつくしセールの真っ最中なのだった。
彼女たちのお目当ては、婦人服売り場のとある一角なのだけれども、そこは「いいものから売れてゆく」ため早いうちに買いに来なければならない。通常の3割から5割引きとあって、三人のテンションは上がった。
が、かといって客が殺到するわけでもなかったから、特別急ぐ必要もないわけだった。

そして。

着いた先はどこかというと・・・

 

***

 

三人が売り場に散ってから数分後。
三人の009も現場に到着していた。が、しかし。

「・・・これはどうしたもんだろうな」
「ちょっと行けないよなあ、さすがに」
「――そうか?」

えっ!?

さらりと言った超銀ジョーに他のふたりの視線が向く。

「お前、入っていけるのかよ」
「ああ。問題ない」
「けど、野郎はほら、あっちの休憩所に固まってるぜ」
「男は入っちゃいけないのかい?」
「――いや、そんなことはないかもしれないけど」
「まあ、いちおう客だからな」

とはいえ。
新ゼロジョーとナインはやっぱりここは無理だと思うのだった。

何故ならそこは、下着売り場だったからである。

 

そんな彼らをよそに――否、まるっきり忘れ、三人はそれぞれの好みのブランドのところへ散っていた。
何しろ、すぐなくなってしまう――わけではないが、試着室の数は決まっているのだ。
そして、それは早い者勝ちに他ならない。いったん入ったら、次から次へと試着するに決まっておりなかなか空かないのだ。

 

 

***

 

 

「――僕はこっちの方が好きだな」

いきなり耳元で声がして、フランソワーズは身体を引いた。

「ジョー!いつの間に・・・」

けれどもフランソワーズの声が聞こえないかのように、ジョーは彼女の手にしたデザインの異なる同色のブラジャーをじっと見つめた。

「・・・こっちは似たのを持ってただろう?同じ色だったら僕はこっちの方がいいな」
「ちょっ・・・ジョー!」

やめて、と手を隠そうとするが、両手に持った下着は難なく奪われてしまう。

「うーん。どうしてもこの色がいいのかい?だったら――すみませーん」

勝手に店員を呼んでしまう。

「――はい。・・・あら、島村さんじゃないですか」
「こんにちは」
「今日もご一緒なんて仲良しですね」
「はは、そうなんです。・・・でもこの前の件は内密にお願いしますよ」
「大丈夫ですよ。・・・で、どうなさいました?」
「この色なんですが・・・他にどういうのがあります?」
「これでしたら、サイズにもよりますが」
「んー・・・ええと、おそらくもうひとつ上のでも大丈夫だと思います」
「そうですか。では、いまお持ちしますね」

勝手に話を進められ、蚊帳の外だったフランソワーズはすっかりむくれてジョーを睨んだ。

「・・・もうっ。だからあなたと来るのはイヤなのよっ」
「どうしてだい?」

けれどもジョーはそんなフランソワーズを全く意に介さず、広げられている下着類を手にとってはフランソワーズにあててみたり吟味するのに余念がない。

「だって。いっつもひとりで決めちゃうんだもの」
「いいじゃないか。僕だって関係あるし」
「ないわ」
「あるよ」
「だって、ジョーがするんじゃないでしょう、それ」

彼の手に下げられた薄いピンクのレースがついた白いブラジャーを指す。

「当たり前じゃないか。嫌だなあ。これはきみがするんだ」

にっこり笑って胸に当てようとするから、フランソワーズは慌てて払い除けた。

「もうっ、やめてよここでは。恥ずかしいでしょう?」
「別に。だって似合う似合わないは大事なことだろう?」
「でもジョーは関係ないじゃない」
「だから関係あるんだって。きみだってわかってるだろう?」
「・・・わからないわよ」

フランソワーズは小さく膨れて下を向いた。頬が赤い。

もうっ・・・だからジョーと一緒に来るのは嫌だったのよっ・・・!

後の祭りであった。
ジョーはフランソワーズの買い物について来るのが好きで、当の本人よりも熱心に選ぶ。時にはそれが嬉しくもあったが、それでもやっぱり、ほとんど彼の好みになってしまうのは不満だった。が、彼の好みのものもそれはそれで全く嫌ではない自分もどうかしてる――とは思うのだったけれど。

大体、下着売り場なのに、どうして店員さんがジョーの名前を記憶してるのよ!

おそらく、男性が長時間この売り場にいるなんてことは滅多になく、珍しいから憶えられているのだろうとは思うものの、ジョーと店員の懇意な態度も気になった。

――この前の件、って・・・。内密に?いったい何の事?

「ほら。フランソワーズ。選んで」

頭をつんとつつかれて顔を上げると、店員が見繕って出してきたブラジャーがところ狭しと広げられていた。

「きみはどれがいい?」
「・・・・どうせジョーが選ぶくせに」
「そりゃそうさ」
「じゃあ、あなたが決めれば?」
「あ、可愛くないなあ、その言い方」

下着を吟味する手を止めて隣のフランソワーズを見遣ると、彼女はまだ膨れたままだった。
ジョーはくすっと笑うとフランソワーズの腰を抱き寄せ耳元に唇を近づけた。店員がすぐそばにいるのも気にしない。

「――脱がせるのに手間取ったら興ざめだろ?」
「・・・・っ!!」

フランソワーズの頬がかあっと熱くなる。

「もう、何言って」
「それにね」

フランソワーズを抱き寄せている腕に力をこめて更に引き寄せ、ジョーは囁くように続けた。

「僕は下着姿のきみも好きなんだ。何も着てないのもいいけどね」

そうしてちゅっと頬にキスをした。