「フランソワーズ限定」

 

スパ・ウェザーに翻弄されたベルギーグランプリ。

ジョーは完走は果たしたものの、レース内容には全く納得がいかないでいた。
とはいえ、次のイタリアグランプリまでそんな気持ちを引きずるわけにはいかない。


そんなわけで、ジョーは今パリにいた。

昨夜連絡をとった相手はもうすぐこの公園にやって来るはずである。

会う相手の顔を思い浮かべると胸の奥が少し痛んだ。
が、辛い痛みではない。
もうすぐ会えるという期待感と、でもすぐ別れなくてはならないという切なさが混じったものだった。


もうすぐ会える。

でもそれは、ほんの僅かな時間。


でも、会えないよりはいい。


ジョーはそう思うことにした。
どんなに別れたくなくても、名残惜しんでも、ずっと一緒にはいられないのだ。


彼女と一緒にいられるのは、世界が平和ではないときだけ。
平和な今は、こうして会うのにも口実を探して右往左往してしまう。
なんとも皮肉な話だった。

 

 

ほどなく、彼女がやってきた。
急いだのか、少し息が弾んでいる。

自分に会うために急いだのかなとジョーは嬉しくなった。
でもそれは顔に出さない。
つとめて平気な声で言う。

「急に無理言ってごめん」

「あら、いいのよジョー」

そのまま何と言ったらいいのか言葉を継げなくなったジョーに、フランソワーズは無言で彼の首に手を回した。
そしてそのまま抱き寄せた。

「えっ、フランソワーズ?」
「なあに?」
「いくらここはパリだといっても大胆過ぎやしないかい?」
「いいの。そうしたいんだから」
「だけど」
「私がいいって言ったらいいの。しばらくこのままでいて頂戴」

フランソワーズに抱き寄せられるも身長差でなんだか妙な体勢になった。
でも、彼女の肩に頭を押し付けられ髪を撫でられるに任せた。


胸の奥が痛い。


しかし、フランソワーズの髪の香りと後頭部を撫でる手の温かさで、痛みは薄れてゆくようだった。


だから。


「…フランソワーズ」
「なあに?」

「ちょっと…泣いてもいい?」

「最初からそのつもり」

それに、もう泣いてるでしょう?
とは言わず、フランソワーズは微笑むとジョーの髪を撫で続けた。

 

 

落ち込んでいる時は声でわかる。

わざと明るくふるまう…とか、そういうのではなく。
ただ、わかってしまうのだ。

普段とどこがどう違うのかと問われれば答えに困るけれど。

いつもと変わりがないジョー。
でも、いつもと違うジョー。

フランソワーズにだけわかる違い。

もしかしたら読み違えることもあるのかもしれない。
でも、今までに一度もなかったから、おそらくこれからもないだろう。
何故か確信があった。

「…ねぇ、ジョー」

落ち込んでいる時や辛い時、悲しい時。
他のひとのところに行ったりなんかしないでね。

嬉しい時や楽しい時は許してあげる。

でも、泣きにくるのは私のところだけにしておいてね。
だってあなたの泣き顔、ほんとのところ、ちょっと人様には見せられたものじゃないんだもの。
知らないでしょうけれど。
イメージダウンになっちゃうわ。ハリケーンジョーはクールが売りなんだから。

 

「…行かないよ、フランソワーズ」