「ジタンの香り」

 

 

「ジョー。ジタンの香りがする」

目の前のジョーの頭に鼻を埋めて、フランソワーズはぼんやりと言った。

「・・・ん?」

答えるジョーもぼんやりとしていて、フランソワーズの言葉より目の前の自分の行為に没頭していた。

「ジョー」
「・・・」
「ジョー、って、ば」
「・・・なんだよ。うるさいなぁ」
「ま。なによその言い方」
「――あのさ。それどころじゃないんだよ、今」
「それどころ、って酷いわ」
「酷くない。酷いのはそっち」
「・・・もうっ」

フランソワーズは自分の胸元に顔を埋めるジョーの頭をそっと撫でた。

「・・・いったい、どこで吸ったの?ジタン」

小さく呟いてみる。
果たしてジョーに聞こえているのかどうか。

「ジョー・・・イタッ。やん、もうっ!」

軽く歯をたてられて、フランソワーズは彼の髪を両手で握り締めて引っ張った。

「イテテ、禿げたらどうしてくれる」
「いいじゃない別に」
「よくないよ。グレートみたいになってもいいのかい?」
「それってグレートに失礼じゃない。――もう、ジョーったら」

笑っているのか怒っているのか。
くすくす笑うフランソワーズの唇にジョーは自分の唇をくっつけた。

「――全く。しょうがないなぁ」

頬にもキスを落として、そうして改めて腕の中の恋人を見つめる。

「煙草ひとつで中断させられるとは思わなかったよ」
「・・・だって気になったんだもの。普段、吸わないひとでしょう?あなた」
「まぁね」

言ってフランソワーズの上から退いて隣に転がる。

「――なんとなく、だよ」
「なんとなく、って・・・」
「せっかくパリにいるんだし。ちょっとこっちの煙草を吸ってみたくなった。それだけ」
「・・・そう」
「うん。深い意味はないよ」

フランソワーズは隣で自分の髪を指に巻きつけて遊んでいる彼氏を疑わしそうに見つめた。
深い意味はないとわざわざ言われると、逆に本当は深い意味があるのではないかと思ってしまう。
彼の言葉を素直に受け取れない自分はなんて可愛くないんだろう――
けれども、彼女をそうさせたのは彼の過去の言動だったから、フランソワーズは一瞬後には自分の考えを頭から追い払った。


「――ジタンね。私にも一本ちょうだい」
「えっ、吸うの?」
「いけない?」
「いや、別に・・・」

いいけど、と口の中で呟きながらジョーは体を起こして、脱ぎ捨てた上着のポケットから煙草を取り出した。
それを受け取りながら、フランソワーズがくすりと笑みをもらした。

「何?」
「ううん。ちょっと――思い出したの」

箱を手の中で転がす。煙草は取り出さない。

「ちょっと・・・ね」

ジョーはその横顔を見つめ、それから彼女の手の中からジタンをとりあげた。

「やっぱりあげない。君には似合わないよ」


ジタンを弄びながら、いったい彼女は何を――誰を思いだしていたのだろうか。

自分の知らない横顔に、ジョーの心は黒く染まった。


「――僕ももう吸わないよ」


ジタンなんか。


彼女に誰かを思いださせるものなんか、そばには置かない。


香りもさせない。

 

「シャワー、浴びてくる」
「え?続きはしないの?」
「後で!」

険しい顔でベッドからするりと抜け出てバスルームへ向かう恋人。
その後ろ姿を見送ってから、フランソワーズは小さくため息をついた。

「もう・・・煙草に邪魔されちゃったわ」

そうしてベッドの上で膝を抱え、膝頭に頭を預けた。
視線の先には、投げ捨てるように置かれた煙草の箱。


ジョーの髪についたジタンの香り。


目の前には封を切ってない煙草。


どこで吸ったのか、言わなかったジョー。

 

フランソワーズはぎゅっと目を閉じた。

 

 

 

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