「賭け」
「ねえ、ジョー?」 「冷めちゃうわよ」 半分、呆れたように。 「フランソワーズ、数えてる?」 紅茶が冷めようがお構いなしなひとが真剣な声で問う。 「ええ。数えてます」 答える声は少しうんざりといった風情。 「いま、どのくらい?」 リフティングの鬼と化したジョーであった。 「ワールドカップだからって張り合わなくてもいいんじゃない?」 サッカーの試合を見ていて、ふと洩らした言葉。 みんな上手ねえ・・・ジョーはサッカーなんてできないでしょ? ハーフタイムにサッカーボールを調達してきた彼は、見てろとばかりにリフティングを始めたのだった。 ジョーは意地になっていたが、雑念が入ったせいか無情にもボールは床に落ちてしまった。 真剣にくやしがる彼をなだめるのは一苦労だった。 ハーフタイムもとうに終わり、後半を開始している試合もどうでもいいようであった。 ――まったくもう・・・楽しみにしていたんじゃなかったの? だからフランスに帰っているフランソワーズの元にわざわざやってきて、こうして一緒にテレビを見ているのである。 自分の胸に顔を埋め、やっと静かになったジョー。 あやすように抱っこして、フランソワーズはジョーが見向きもしないテレビ画面を観るともなくみつめた。 もう・・・試合を見に来たんじゃなかったの? フランソワーズは、なんだかうまく甘えられてしまったような気がした。
フランソワーズはカップを置くとテーブルに肘をついて掌に頬を預けた。微かにナナメになる視界。
視界に映るリズミカルな影はさきほどからあることに夢中だった。
「いまので59回」
「よしっ、半分越えたな」
「きみが言ったんだろ」
ちなみに100回以上できたらジョーの勝ちである。
「試合、始まるわよ。見ないの?」
100回以上できたら、ジョーの言うことを何でも聞いてあげるわ。
・・・ふん。
ワールドカップよりこっちだ。
「いま遠征先なんだけどさ。そっちで一緒に試合を観てもいいかな?」
突然かかってきた電話。
そっちだってテレビくらいあるでしょうと言うと、小さくてボールも見えないくらいだよと返された。
だから、だったらいいわよ――と答えたのだったけれど。
試合は進んでいるのに、今何がどうなっているのかさっぱりわからない。