「決戦前夜」
明日は最後の戦いになるだろう、たぶん。 ――いや、最後の戦いにする。そうでなくては僕達はいつまでもこのままだ。 敵の本拠地にほど近い町。 あとは――明日になってから、だ。 僕はフランソワーズと二人だった。 ――不本意だが、……まあ、いい。 それも今日までだ。 明日、戦いが終わればこの地を去るわけだし、僕とフランソワーズの役割も解消される。 考えるとするならば、それは戦いの後の話だ。 全て終わってから始まるのだから。 しばらく窓辺に佇んで外の様子を窺っていたフランソワーズが戻ってきた。 「――敵の気配はないわ」 見張りは? と怪訝そうな瞳が僕を射る。 僕はその瞳をまっすぐ見つめ返した。ひとつ息を吸い込む。 「僕が休むためにきみが必要なんだ」 隣にいてくれないと。 決戦前に何を言ってるんだと自分でも思う。 だけど、これは僕にとっての真実だった。 ――フランソワーズじゃなければ駄目なのだということを。 明日の今頃にはもう闘いは終わっているだろう。 ……保証は、ない。 無いんだ。 もちろんフランソワーズを守る気持ちはじゅうぶんにあるし、絶対に闘いに負けないという強い思いもある。 思うけれど。 ――もしも明日、ここにこうして一緒にいられなかったら……? そう思うと怖くて眠ることなどできそうもなかった。 今夜はフランソワーズを抱き締めて眠りたい。 そんな、ただの臆病なひとりの男になった夜だった。
僕は固い決意とともに決戦前夜を迎えていた。
そこは戦いの気配など微塵も感じさせないのんびりした雰囲気が漂っていた。
それもそのはず。
町の人々はここから数キロ先の地が戦いの場になっているなど全く知らないのだ。
当然のことながら、そもそも戦いが起きていることも知らない。
僕達は全て秘密裡にぬかりなくやってきた。
町の宿に滞在している僕達は、ふつうの観光客のように思われただろう。
もちろん、そう装っているからだ。
一度に9人というわけにいかなかったから、それぞれ変装を兼ねて分かれて投宿した。
いちおう、――若夫婦、という役どころだ。宿のひとには新婚旅行と思われているようで、なにかにつけて「お二人でどうぞ」などと言われてしまう。
フランソワーズはそれが恥ずかしいのか嬉しいのか、頬を染めて困ったように微笑んだ。
僕はそれが可愛くてフランソワーズから目を離せず――ご主人は奥様に夢中ですのねほほほなんて言われてしまった。
だいいち、決戦前に他のことを考える余裕などないのだ。
僕とフランソワーズの未来は、戦いが終わらなければ始まらない。
「そうか」
「安心して、ジョー。今日は私が見張っているから」
僕達は交互に寝ずの番をこなしていた。
確かに今日は彼女の番だったけれど。
「……そのことなんだけど、フランソワーズ」
「なあに?」
「……今日はもう、敵は大丈夫だと思うんだ。明日、決戦なんだし」
「でもそう決めたわけじゃないでしょう。奇襲ってことだってあるわ。油断禁物よ、ジョー」
「――そうなんだけどね。だけど、たぶんそれはないんじゃないかと思うんだ」
「根拠がない大丈夫はよくないわ」
「うん。でも――僕はきみにちゃんと休んで欲しい」
「あら、駄目よ。そうしてジョーが起きているつもりでしょう。あなたこそちゃんと休んでもらわないと」
「うん。僕も休むよ」
「え、だってそうしたら…」
「え?ジョー、それっていったいどういう…」
「きみが起きていると落ち着かなくて眠れない」
「あ。ご、ごめんなさい。私、そんなにうるさくしてたなんて気付かなかっ」
「違う」
「ジョー?」
「――ただ、眠れないんだ。きみが」
決戦前のこんな時だからこそ告げることができる、僕の秘密。
フランソワーズにしか教えない。
本当の僕はこんなにも弱気であること。
フランソワーズがそばにいなければ夜も明けない。
その時、僕達は今と同じようにこうしてふたりでいられるだろうか?
でもそれと同じくらいの不安もあった。
しかし、いまその不安を露わにしたところで得るものは何も無いし、わざわざ伝える必要も無いのだ。
ただ自分の胸の裡に抱えていればいい。それだけのことだ。
そして、それに耐えられなくてどうする――とも、思う。
だから、今日は。