D選択中

 

 

「――ええと、これは・・・こっち。――で、いいのかなぁ」

 

僕はランドリールームで、先刻から洗濯するものの選択に追われていた。
いつもならフランソワーズがしているのだけど、ちょっとワケあって今日は僕がやっている。

それにしても――洗濯ってこんなに難しいことだったかな?

全自動なんだから、ともかく洗濯物をぶちこんで洗剤入れてスイッチ入れてりゃいいんじゃないか?
僕は手の中にあるメモをじっと見つめた。そしてため息をつく。

めんどくさいけど・・・やらないといけなかった。
何しろ、フランソワーズが懇切丁寧に手順をここに書いているのだから。

彼女の努力を無にしてはいけない。

なので、僕は洗濯するものの選択を再開した。

それにしても――ウールと普通の服と、何で一緒に洗っちゃいけないんだ?

 

***

 

洗濯をしたら、今度は干さなければならない――というのは、自然の理である。
とはいってもウチの洗濯機は全自動だから、洗濯と乾燥は放っておいてもやってくれるはずである。
が、手元のメモによるとそれではいけないらしい。

なぜだ?
乾燥までやってくれるっていうなら、洗濯機に任せたほうがいいんじゃないかなぁ・・・

と、いうことで、今回は任せることにした。僕の出番は、乾燥が終わったあと。
畳むのだけは、自分でやらなければならない。いくら洗濯機でも、そこまではしてくれない。

 

 

***

 

 

乾かすのを洗濯機に一任してしまうと時間が空いた。

そんなわけで、次の予定がもうこなせてしまう。
次は――買い物だった。
食材の買出しである。

いつもなら、夕方にフランソワーズとイワンが一緒に行く。
が、今日はワケあって行けないから、僕がひとりで行くのだ。

手元のメモには夕方に行くように書いてあるけれど、別に午前中に行っても構わないだろう。
そうすれば、午後に時間が空くのだから。

そうして僕は、ひとり商店街に向かった。
僕を待ち受ける新たな試練があるなどと予想もせずに。

 

 

***

 

 

――難問だった。

 

この場所に来てから、かれこれ・・・時計を見てないからわからないけれど、おそらく10分は優に経っているだろう。手元のメモを見てもヒントになるようなものはなにひとつ書いていない。
つまり、自分で考えろという意味か。

ううむ。

フランソワーズ。せめて何かヒントくらいくれても良かっただろう?
それともこれは、ふだん滅多に一緒に買い物に行かない僕への報復なのだろうか。

――いくらなんでもそれはないか。

しかし。
この調子でいくと、この買出しは簡単にはすまされないようなのだ。

来る道すがらメモを読んだ時は、こんな買い物さはっさと終わると思っていた。楽勝だと。
だが――とんでもない誤算だった。

メモには「おみそ一キロ、お砂糖一キロ、ケチャップ、お醤油一リットル、ドレッシング(いつもの)、・・・」と重いものが連ねてある。僕が行くからそうなった。
それは全く構わなかったし、野菜や肉を買うより簡単そうだった。
そしてスーパーでさっそくお味噌コーナーに行ったのだった・・・が。

 

味噌って、どの味噌だ???

 

嘘だろう?

味噌ってひとつしかないわけじゃないのか。
なんでこんなに種類があるんだ。

うちのって・・・どれだ??

味噌のパッケージを見てもヒントになるようなものが書いてあるわけでもなく、まさか試食ができるわけでもない。
僕は途方に暮れた。
途方に暮れて――味噌を後回しにして、砂糖のコーナーに向かった。
砂糖だったら簡単だろう。何しろ、砂糖だ。白い粒状の物体だ。顕微鏡で見れば立方体をしていて、水に溶ける――

 

・・・・。

 

うちの砂糖って、どれだ?

 

グラニュー糖・・・は、たぶん違うだろう。うん。この茶色いのも違うはずだ。
そうすると、味噌と比べたら格段に選択肢は減ったけれど、しかし決め手がないのは一緒だった。

――ここも後にしよう。うん。

 

ケチャップと醤油とドレッシングは同じコーナーにあるようだった。
さっさとすませて、味噌と砂糖をどうにかしなければ。

――ケチャップ。3択問題だった。適当にそれっぽいのを掴む。

――醤油。

 

・・・・・・おい。

 

醤油は醤油じゃないのか?
うすくちとか濃い口とか、なんなんだよっ。
どれが「普通の」醤油なのかわからないじゃないか。
しかも――どのメーカーがうちの醤油だ?

フランソワーズのメモには、「メーカーによって味が違うから気をつけてね」と書いてある。
つまり、適当に選んで買っては駄目ということだ。

・・・フランソワーズ。だったらなぜメーカーの名前を書いておかない。

ドレッシングなんて、(いつもの)って書いてあるけど、いつもの、ってどれだよ?
おろし入りドレッシングっていったって――たくさんあるんだぞ。
この僕が、いちいちパッケージを見て使っているわけがないじゃないか。

メモを渡すとき、フランソワーズは心配そうに言ったものだ。
ジョーにできるかしら・・・心配だわ。と。
僕はメモを受け取ると、大丈夫、こんなの軽い軽いと笑って請合った。その手前、電話してひとつひとつ聞いてみる――なんて、とてもじゃないができるはずがない。

 

 

***

 

***

 

 

笑ってくれ。

 

僕には勇気がないのだと。

 

散々悩んで決められず――僕はフランソワーズに敗北を認める電話をかけることにした。
甚だ不本意ではあるけれども、実際問題として、いつものフランソワーズのゴハンじゃないとイヤなのは僕なのだ。調味料ひとつで味が変わると言われたら妥協できない。

携帯電話を取り出し、発信ボタンを押そうとした時、メールが着信した。

誰からだろう。

 

それは、フランソワーズからだった。

 

「――!!」

 

僕は買い物なんかどうでもよくなって、携帯電話を握り締めたまま加速装置を噛んでいた。

 

 

***

 

 

「――フランソワーズ!!」

 

それでも、部屋へ加速したまま駆け込むことなどしなかった僕をどうか褒めてほしい。
気は急いたけど、邸内を走ることはせず早足で階段を上ってフランソワーズの部屋へ向かった。
あくまでも静かにドアを開けて。

フランソワーズは僕の声に驚いた顔をしたけれど、にっこり微笑んだ。

「ジョー。そんなに慌てなくても大丈夫なのに」
「い、いや、でもっ」
「もう・・・加速したのね?いけないひと」

ベッドサイドにひざまずいた僕の髪を優しく撫でる。
半身起こしたフランソワーズは毅然としてとても綺麗だった。
これからひとり闘いに赴くような――そんな雰囲気ではあるけれど、凛とした涼やかさと優しさを兼ね備えていた。今までのフランソワーズと少し違うような、そうでもないような、不思議な感じだった。

「買い物はどうしたの」
「後回しにした」
「あら。だって、もう切れ掛かってるのよ?」
「明日、買いに行くよ」
「・・・本当はわからなかったんじゃない?」
「え」
「私の勝ちね?」

・・・やっぱり勝負だったんだね?フランソワーズ。

「大変でしょう?選ぶのって」
「・・・うん」

まあいい。素直に敗北を認めよう。

「――脳波通信で訊いてくれたらよかったのに」
「そんなの、思いつかなかったよ」

だって、きみはこれから・・・

「――そういえば、まだ教えてもらってなかったな。どっちなのか」
「どっちだと思う?」
「え・・・きみは知ってるものだとばかり」
「博士しか知らないわ。訊かなかったから」
「・・・そうか」
「ね。どっちだと思う?」
「――また選ばせる気?」
「今度は二択よ?」
「・・・僕はどっちでもいいよ。元気なら」

そうしてフランソワーズの頬に唇をよせる。

「そして、きみも元気なら」

 

 

***

 

博士もフランソワーズも人が悪い。
破水してから、まだまだ先は長いって教えてくれても良かったのに。

 

でも――

 

そばにいて、ってことだったのかな。

ね?フランソワーズ。

 

 

フランソワーズは笑って、僕の唇にキスをした。