C休憩中

 

 

ドアを開けて入ってきたそのひとは、疲れたようにベンチシートに座った。

大きく溜め息。
肺の中の空気を全部出してしまうような。

そうして、髪をかきあげ・・・初めて、この部屋に自分以外の人物がいるのに気が付いた。

「・・・いたのか」
「ええ。さっき目が覚めたの。コーヒーいれるけど、飲む?」
「・・・うん」
「インスタントよ?」
「コーヒーっぽいなら、何でもいいよ」

そう言って腕組みをし頭を垂れる。寝る体制。
確か彼はこれから仮眠をとるはずだったわと思いだし、これはコーヒーじゃないほうがいいと何か探してみる。
けれども、ドルフィン号の簡易キッチンに牛乳やスープの類が置いてあるはずもなく、仕方ないのでコーヒーを少し薄くすることで手をうった。
美味しくないかもしれないけれど、でも009にはしっかり休養を取って貰わないと困る。

カップを彼の前のテーブルに静かに置くと、私は少し離れた席でコーヒーをすすった。
仮眠をとったばかりの私には濃いめのコーヒー。
苦いだけで、お世辞にも美味しいとは言えないけれど、飲み下したカフェインは少しだけ頭をはっきりさせてくれた。

長丁場になりそうな今回のミッション。
既に第二段階に進んでいるとはいえ、休める時にしっかり休まないと続かない。

だから、二人ずつ交代で休憩をとっていた。仮眠室は二部屋しかなかったから。
本当は三部屋あるけれど、そこにはいま博士とイワンが常駐しているのだ。

私は割り当てられた休憩時間が終わる30分前に目が覚めてしまった。
だから、コーヒーでも飲んでから行こうとキッチンに寄ったのだけれど、次の休憩に入る予定の009と鉢合わせするとは思わなかった。
009がここにいる・・・ということは、ともかく順調にいっているのだろう。
今のところは。

「・・・009?仮眠室空いてるから、向こうで寝たらどうかしら」

私がここにいるということは、仮眠室がひと部屋空いているということだ。
早めに休憩になったものの、仮眠室は二つとも使用中だからと彼はここに来たのだろう。

「・・・うん?」

私の声に大儀そうに顔を上げる。
乱れた前髪の隙間から褐色の瞳がこちらを見た。

「ん・・・そうだなぁ」

大きく伸びをして、そうしてベンチシートの傍らを軽く手で叩いた。

 

「こっちに来たら?」

 

「え、でも・・・」
「何を遠慮してるんだい?」

 

・・・遠慮しているわけではないけれど。

 

「いいから。・・・来いよ」

 

眼光鋭く言い放つ。
009の時は、とにかく命令形で話すことが多い。

私は言われた通りに、自分のカップを手に彼の隣に座った。
でも、その距離が不満だったらしく、彼は軽く鼻を鳴らすと

 

「遠い。そこじゃない」

 

と、更に指示を飛ばした。
私は内心、肩をすくめながら彼と膝がくっつくくらい近付いた。

「・・・きみはもう休憩時間が終わるんだろう?」
「そうね。あと・・・10分くらいかしら」
「10分か」

一瞬黙って虚空を見つめ。
そうして次の瞬間には私の膝に頭を載せていた。

「えっ、なっ、・・・ジョー!?」
「009だ」

ミッション中はコードナンバーで呼ぶことになっている。

「ぜ、009、いったい・・・」
「・・・うん。実は今まで殆んど寝てないんだ」
「えっ、だって休憩時間はちゃんと」
「うん。そうなんだけどね」

何故かちっとも寝られなかったという。

「だけど、こうしてると何だか眠れそうだ・・・フランソワーズ」
「003、よ?」
「・・・ああ、そうだった、ね」

そうして目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

と、思ったら半身起こして、私の唇に一瞬唇を重ねた。

 

「!!」

「オヤスミ」

 

私の動揺をよそに、まるで最初から自分の居場所はここだと主張するかのように、私の膝に頭を載せて目を閉じている。
そうして、ほどなく呼吸は規則正しくなり・・・本当に009は眠ってしまった。私の膝の上で。

 

 

 

 

 

***

 

 

『003、ウマクイッタヨウダネ』

 

001の声が頭に響く。

『ええ』
『マッタク、全然眠ラナイカラ困ッタヨ』

今回のミッションは、本当に009の力が必要なのだ。
彼を欠いては遂行できない。
そんな彼にきちんと睡眠をとらせるのは、仲間内では暗黙の最優先事項になっていた。
そのくらい、彼の不眠状態は心配の種だったのだ。

『ヤッパリ、003ノ側ジャナイト寝ナインダネ』

001は単に事実を言っているだけなのに、なんだか落ち着かない気持ちになってしまう。

『もうっ・・・いいから予定通りやってちょうだい』
『了解。ソノママ動カナイデ』

001の言葉が終わるか終わらないかのうちに、私と009は仮眠室へテレポートしていた。
そうっと009の顔を覗いてみる。

起きていない。

001の瞬間移動にも起きないくらい、ぐっすり眠っているようだった。

疲労の色が濃い。
どうしてこのひとは、ひとりで頑張ってしまうのだろう。

 

そうっと髪を撫でる。

 

009は起きない。

 

私は彼の頭の下から膝を抜いて、それから彼をベッドに横たえた。

それでも起きない。

ぴったりと閉じられた瞼。そこに影をつくる睫毛。

 

009は眠っている。

 

 

――お願い。

 

ひとりで頑張らないで。

 

 

私はそっと彼の頬にくちづけた。