C休憩中
ドアを開けて入ってきたそのひとは、疲れたようにベンチシートに座った。 大きく溜め息。 そうして、髪をかきあげ・・・初めて、この部屋に自分以外の人物がいるのに気が付いた。 「・・・いたのか」 そう言って腕組みをし頭を垂れる。寝る体制。 カップを彼の前のテーブルに静かに置くと、私は少し離れた席でコーヒーをすすった。 長丁場になりそうな今回のミッション。 だから、二人ずつ交代で休憩をとっていた。仮眠室は二部屋しかなかったから。 私は割り当てられた休憩時間が終わる30分前に目が覚めてしまった。 「・・・009?仮眠室空いてるから、向こうで寝たらどうかしら」 私がここにいるということは、仮眠室がひと部屋空いているということだ。 「・・・うん?」 私の声に大儀そうに顔を上げる。 「ん・・・そうだなぁ」 大きく伸びをして、そうしてベンチシートの傍らを軽く手で叩いた。 「こっちに来たら?」 「え、でも・・・」 ・・・遠慮しているわけではないけれど。 「いいから。・・・来いよ」 眼光鋭く言い放つ。 私は言われた通りに、自分のカップを手に彼の隣に座った。 「遠い。そこじゃない」 と、更に指示を飛ばした。 「・・・きみはもう休憩時間が終わるんだろう?」 一瞬黙って虚空を見つめ。 「えっ、なっ、・・・ジョー!?」 ミッション中はコードナンバーで呼ぶことになっている。 「ぜ、009、いったい・・・」 何故かちっとも寝られなかったという。 「だけど、こうしてると何だか眠れそうだ・・・フランソワーズ」 そうして目を閉じた。 と、思ったら半身起こして、私の唇に一瞬唇を重ねた。 「!!」 「オヤスミ」 私の動揺をよそに、まるで最初から自分の居場所はここだと主張するかのように、私の膝に頭を載せて目を閉じている。 *** 『003、ウマクイッタヨウダネ』 001の声が頭に響く。 『ええ』 今回のミッションは、本当に009の力が必要なのだ。 『ヤッパリ、003ノ側ジャナイト寝ナインダネ』 001は単に事実を言っているだけなのに、なんだか落ち着かない気持ちになってしまう。 『もうっ・・・いいから予定通りやってちょうだい』 001の言葉が終わるか終わらないかのうちに、私と009は仮眠室へテレポートしていた。 起きていない。 001の瞬間移動にも起きないくらい、ぐっすり眠っているようだった。 疲労の色が濃い。 そうっと髪を撫でる。 009は起きない。 私は彼の頭の下から膝を抜いて、それから彼をベッドに横たえた。 それでも起きない。 ぴったりと閉じられた瞼。そこに影をつくる睫毛。 009は眠っている。 ――お願い。 ひとりで頑張らないで。 私はそっと彼の頬にくちづけた。
肺の中の空気を全部出してしまうような。
「ええ。さっき目が覚めたの。コーヒーいれるけど、飲む?」
「・・・うん」
「インスタントよ?」
「コーヒーっぽいなら、何でもいいよ」
確か彼はこれから仮眠をとるはずだったわと思いだし、これはコーヒーじゃないほうがいいと何か探してみる。
けれども、ドルフィン号の簡易キッチンに牛乳やスープの類が置いてあるはずもなく、仕方ないのでコーヒーを少し薄くすることで手をうった。
美味しくないかもしれないけれど、でも009にはしっかり休養を取って貰わないと困る。
仮眠をとったばかりの私には濃いめのコーヒー。
苦いだけで、お世辞にも美味しいとは言えないけれど、飲み下したカフェインは少しだけ頭をはっきりさせてくれた。
既に第二段階に進んでいるとはいえ、休める時にしっかり休まないと続かない。
本当は三部屋あるけれど、そこにはいま博士とイワンが常駐しているのだ。
だから、コーヒーでも飲んでから行こうとキッチンに寄ったのだけれど、次の休憩に入る予定の009と鉢合わせするとは思わなかった。
009がここにいる・・・ということは、ともかく順調にいっているのだろう。
今のところは。
早めに休憩になったものの、仮眠室は二つとも使用中だからと彼はここに来たのだろう。
乱れた前髪の隙間から褐色の瞳がこちらを見た。
「何を遠慮してるんだい?」
009の時は、とにかく命令形で話すことが多い。
でも、その距離が不満だったらしく、彼は軽く鼻を鳴らすと
私は内心、肩をすくめながら彼と膝がくっつくくらい近付いた。
「そうね。あと・・・10分くらいかしら」
「10分か」
そうして次の瞬間には私の膝に頭を載せていた。
「009だ」
「・・・うん。実は今まで殆んど寝てないんだ」
「えっ、だって休憩時間はちゃんと」
「うん。そうなんだけどね」
「003、よ?」
「・・・ああ、そうだった、ね」
そうして、ほどなく呼吸は規則正しくなり・・・本当に009は眠ってしまった。私の膝の上で。
『マッタク、全然眠ラナイカラ困ッタヨ』
彼を欠いては遂行できない。
そんな彼にきちんと睡眠をとらせるのは、仲間内では暗黙の最優先事項になっていた。
そのくらい、彼の不眠状態は心配の種だったのだ。
『了解。ソノママ動カナイデ』
そうっと009の顔を覗いてみる。
どうしてこのひとは、ひとりで頑張ってしまうのだろう。