とぼとぼ歩いて来たので、祖母の家に着いたのは予定よりずっと遅かった。
来る道々、やはり戻ってジョーに会おうかどうしようか思い迷っていたから、すっかり足取りが重くなった。

からだというのは不思議なものである。明るく楽しい気持ちの時は足取り軽く弾むようで、長い道のりもあっという間である。が、暗く悲しい気持ちの時はからだが重く何もする気にならない。フランソワーズはいま、後者であった。
なぜなら。

追いかけてはいけないと思っていたのに、確かめずにはいられず戻ってしまったのだ。
そして、やはりそこにジョーの姿はなかったのだ。

彼は最初から赤ずきんを待ち伏せてなどいなかった。

彼のいう通り、狩りの途中で通りかかっただけであり赤ずきんに行き合ったのは全くの偶然だったのだ。
そう思い知らされた。

誰もいない森のなかに佇み、赤ずきんフランソワーズは自身を戒めた。

もう勝手な期待は持つまいと。
狩人ジョーは赤ずきんに対して特別な感情を持ってはいない。
狼から助けてくれたのだって、夜に狩りに出て狼の気配を感じたという彼の言葉そのままであって、それ以上のことはないのだ。少しは好いていてくれるかもしれない。が、それは、隣人に向ける好意でしかないのだから。

「さ。笑顔よ、フランソワーズ」

祖母の家の前で自身の頬を叩き笑顔を作った。悲しい顔をしていたら心配をかけてしまう。

「こんにちは、おばあちゃん。遅くなって…」

ごめんなさい。

と、続けるはずが言葉にならなかった。

ドアを開けた赤ずきんの目の前には縄でぐるぐるに縛られ気絶している狼と、そのそばで祖母と一緒にお茶を飲んでいる狩人ジョーの姿があった。

 

「遅かったね。赤ずきん。突っ立ってないでドアを閉めてこっちにおいで」
「え。ええ、おばちゃん…」

胸の奥が痛い。なぜ、ジョーがここに?

「あ、狼…」
「心配ないよ。ジョーがやっつけてくれたからね」
「死んでるの?」
「まさか。人狼を殺せるもんかいね」
「だって」

ジョーはそれを知らないはずだ。

「狩人を甘く見るな」

ジョーが険しい声で言い立ち上がった。

「そのくらいわかってたさ。きみをつけ回していたこともね」
「だから今日もやって来るんじゃないかと寄ってくれたんだよ。良かったよ、お前が着く前で」
「え。でも…」

祖母の家に行く道は一本しかない。そして赤ずきんはそこを通って来たのだ。誰にも会わずに。

「狩人を甘く見るなと言っただろ」

ジョーは赤ずきんの前に来ると、少し屈んで正面から彼女の顔を見た。

「道がなくても僕には関係無い」
「ジョーは足が速いんだよ。狩人なんだから」

祖母が当然のように言って笑う。
つまりジョーは、フランソワーズと別れてから先回りしてここに来たというわけだ。戻ってもいるわけがなかった。
つくづくジョーとは縁がないようで、フランソワーズの心は重く沈んだ。

と、ジョーの眉間にすっと皺が寄った。なんだろう、何か怒らせるようなことをしたのかと思っていたら、

「泣いたな?」

と言われ酷く驚いた。

「え、な、なに?」
「また道に迷ってたのか」
「まさか。一本道よ」
「じゃあ何だ。転んだのか」
「失礼ね。転んでません」
「だったら」

どうして泣いた。

「泣いてなんか…」

なぜ、ばれたのだろう。
来た道を戻って、ジョーがいないとわかった時。あまりに情けなくて、そして悲しくて、つい泣いてしまったのだ。
でも、途中の小川で顔を洗ったし涙のあとなんてついてないはずだ。

「知らない。誰かさんに意地悪されたからよ。あ、掴まれた手が痛かったからかも」
「そんなに強く掴んでない」
「あらそう。だったら今度から気を付けて手加減するといいわ。男性にするのとは違うのよ」
「悪かったな、女に慣れてなくて」

ふいっと目を逸らしたジョーにフランソワーズは目をぱちくりさせた。

女に慣れてない?それって…


「帰る。お茶、ごちそうさま」
「あら、もう帰るのかい?狼が目を覚ましたらどうするんだい」
「バーサンは襲わないさ」
「失礼な事を言うでないよ。今夜はフランソワーズもいるんだよ」
「それは…」
「わたしなら平気よ、おばあちゃん」

しかし赤ずきんの顔は真っ青だった。

「平気じゃないだろ、そんな顔して。今日は帰りな」
「でも、いま来たぱかりなのに」
「狼のせいさ。仕方ない」
「せっかくアップルパイを焼いてきたのに」
「やれやれ、赤ずきん。私はアップルパイは嫌いなんだよ」

祖母はそう言うとちらりとジョーを見た。

「いったい、誰のために焼いたんだか」

赤ずきんと狩人の目が合った。

「僕は大好物なんだ」
「あ、」

まずい。これではまるで、狩人ジョーのために焼いてきたかのようだ。が、赤ずきんが何かいう前に祖母が

「だったら、ジョーの家で食べたらいいだろ。狼も来ない。来てもジョーがいれば安心さね」

と言った。これで全て解決というように。

 

赤ずきんと狩人は祖母の家をなかば追い出されるようにして外に出た。

「あの、」
「ええと」

どうしよう。

しかし、そう考えたのは一瞬だった。
次の瞬間には、フランソワーズはジョーの腕のなかにおさまっていた。

 


end


おまけ


目を覚ました狼はフランソワーズが帰ったと聞きひと暴れしようと試みたが、祖母がでんと狼の上に腰かけたのでまるっきり動けなかった。

「もう諦めたらどうだい。赤ずきんはジョーと一緒にいるんだから」
「しかし、あの子は」
「あの子はアンタの赤ずきんじゃないよ」
「えっ?何を言って…」
「人狼の寿命って何年だい?」
「約500年だが」
「で、アンタはいくつ?」
「ちょうど半分くらいだな」
「アンタが探している赤ずきんと出会ったのは何年前かね?」
「さあな…ついこの前だから、50年か60年くらい前かな」
「まったく。フランソワーズはその頃存在してないよ」
「いやでも顔はそっくりだし声も…」

狼と祖母の目が合った。

「え?まさか」

がくんと狼の顎が外れた。

「まったく。男ってどうしてこうバカなんだろうね」