「卵料理」
フランソワーズは早起きだから、いつの間にか朝食を準備する係になってしまっていた。 問題はメニューであった。 何しろ、国籍も年齢も異なる9人なのだから、当然好むものも違う。 博士はとにかく何でも食べる人だったので問題はなかった。 そして・・・ジョー。 彼は不思議な人だった。 ――よく食べるのだ。 が、他の者のように、「あ、これはちょっと」とか「こういうのが好きだな」とか感想もないのだ。 でも、できるなら好きなものを作ってあげたい。 フランソワーズはそう思っていた。 そんなある日。 フランソワーズは本屋で和食の本を探していた。 ・・・可愛い。 それは、幼稚園児のお弁当シリーズだった。 *** 翌日。 「ジェット。食べ物を粗末にしてはいけないわ」 そう言っている間にも目の前の卵焼きにこれでもかというくらいケチャップを振りかけている。 「美味しかったわよ。――ねえ、それって失礼じゃない?」 赤い塊を指差す。 「あのな。成人男性がこんなもん、朝から食えるかよ」 ジェットはくはあと言って天を仰いだ。 「幼稚園児っ!!フランソワーズ。これは女子供の食べ物だ」 *** それから約一時間後。 やっと起きてきたジョーが食卓についた。 そうよね。やっぱりジョーだって、こういうのは―― フランソワーズがしょんぼり肩を落としていると、 「――ん!これ、どうしたんだい?」 と声がかかった。 しかし。 「すっごい美味しいんだけど!」 彼は満面の笑みであった。 「うん。今までので一番好きかもしれない。フランソワーズ、どうして今まで作ってくれなかったんだい?」 そして、あっという間になくなる卵焼き。 「・・・おかわり、する?」 ジョーの嬉しそうな顔にフランソワーズも笑顔になった。 かくて―― ギルモア邸の卵料理は、しばらく「幼稚園児のお弁当」にある「甘い卵焼き」になったのだった。
もちろん時には、早起きしたピュンマやハインリヒが手伝ってくれる。
だからそんなに苦ではなかった。準備すること自体は。
特にそれが顕著なのは卵料理であった。
ピュンマもハインリヒもジェロニモも、基本的には出されたものに文句を言わない。が、やはり多少の好みはあって、ピュンマは半熟卵が嫌いだったし、ハインリヒはスクランブルエッグなら、ふわっとしていなければ許せないようだった。
ジェロニモは意外にも生卵かけごはんが好きで、毎日それでもいいようだった。
張大人とグレートは、あまりギルモア邸にいないが、二人ともオムレツが好きだった。張大人は中に野菜が入っているのが好きだったし、グレートはチーズ入りが好きだった。
そして一番うるさいのがジェット――と思いきや、意外にも彼は簡単だった。
要はケチャップを添えていればいいのである。
それさえあれば、何でも良く食べる。いったい彼の味覚はどうなってるのだろうかと日々フランソワーズは思うのだった。
一番最後に起きてきて、冷めた朝食でも文句を言わずによく食べる。
だから、彼がどんなのが好きで、どんなのが嫌いなのか全くわかりようがなかった。
それは、母のような気持ちでもあり、単純に、惚れた男に好きなものを作ってあげたいといういじらしい女心でもあった。
だから、朝食の時は、自分が食べ終わっても必ずジョーを待った。
そうしてあれこれ世話をやきながら――探るのだ。何が好きで何が嫌いなのか。
けれども、無言で無表情の彼からは何の情報も得られなかった。
ジョーは日本人なのだから、やはり和食だろうという単純な理由で。
そうして手に取った本。が、その隣にあった本に目がいった。
表紙は何とも可愛らしいおかずで溢れている。
ぱらぱらめくってみて、その可愛さにフランソワーズはすっかり心を奪われてしまった。
既に和食の事は頭にない。
当初の予定とは違う本を胸に抱え、フランソワーズは明日の朝食のことを考えながら帰途についた。
「うっわ。何だコレ」
不評だった。
博士は食べてくれたけれど、他の男性――いつもは文句を言わないピュンマやハインリヒは揃って顔をしかめたし、ジェロニモは無言で生卵を要求した。
張大人とグレートは何とか食べてくれたけど、これっきりにしてくれと念を押された。
そして、先刻の声の主はジェット。露骨に口から吐き出すところがとっても失礼だった。
「おいおい、そう言うけど、お前さん食べてみたのか?」
「みたわよ」
「で?」
「で、って何が?」
「うまかったか、って聞いてるんだよ」
もはや赤い塊にしか見えなかった。
フランソワーズはそれを見つめ顔をしかめた。
「・・・」
「お前、何見てこれを作ったんだ?」
「・・・幼稚園児のお弁当」
ひとりぼっちである。
が、その正面にはフランソワーズが座っており、彼にお茶を注いだりあれこれ世話をやいていた。
そして、彼の前に置かれた卵焼きをじっと見つめる。
他の者にさんざん文句を言われたシロモノである。ジョーはなんと言うか気になった。
が、やはり彼もきっと――文句を言うだろう。と心が沈む。
どうやら卵焼きを食べたようである。一口分が皿から消えていた。
フランソワーズは皿からのろのろと顔を上げる。しかめっ面のジョーを想像しながら。
「・・・こういうのが好きなの?」
「うん!」
「えっ、いいの?」
「ええ」