「プレゼント」
――明日は僕の誕生日なんだけど。 心の中で言ってみるが、それが聞こえるはずもなく。 結局ジョーは、何も言えずに誕生日当日を迎えることとなった。 *** 自分の誕生日がいつなのかなんて別にどうでもよかった。 それは大人になってからも変わりがなかった。 サイボーグになってからはどうかというと――少し、変わったようだった。 普通の恋人同士みたいに、誕生日を祝い合う。 お互いにお互いの誕生日を大事にして、この世に生まれてきたことをお祝いして感謝して―― フランソワーズの誕生日だけは、絶対に忘れない。 だから、同じくらいの思いをこめて、彼女も自分の誕生日を覚えていてくれたらいいな――と、思う。 でも。 だからこそ。 フランソワーズが生まれてきてくれてありがとう・・・と言ってくれたなら。 自分は生きていてもいいのだと――きっと思えるだろうから。 *** 5月16日の朝。 しかし、朝食を終えても昼食を終えても――夕食を終えても、ついにその言葉は聞けなかった。 ――今日は5月16日だよね? もしかしたら、日にちを間違えているのかもしれない。 けれども、朝から誰も――本当に、誰も、ジョーの誕生日の「た」の字も言わなかった。 それが寂しいというわけではない。 ジョーは夕食の後片付けを手伝ったあと、ひとりとぼとぼと階段を上り自室に向かった。 *** 「ジョー」 どこからか声がする。 真っ暗な自分の部屋の中にたたずみ、声のした方をぼんやりと見遣る。 でも、何も見えない。 誰もいない。 しかし。 「ジョー」 更に呼ばれる。 ついでに言うと――声の主は間違いなくフランソワーズだった。 「・・・フランソワーズ」 こんな夜中にいったい何の用だろう。 いま自分が入って来たドアの方を見つめ――それから、開け放されたフランス窓を見つめた。 それが開いている。 レースのカーテンが微かにそよぎ、漆黒の闇の向こうから潮の香りが漂ってくる。 ジョーは無言のまま歩を進めた。 バルコニーにぼんやりと人型が浮かぶ。 「・・・フランソワーズ。どうかしたのかい」 微かに頬に笑みを浮かべて優しく言ってみる。 彼女が自分の誕生日をすっかり忘れていても――そもそも憶えてなんかいなくても――それを怒ったり悲しく思ったり彼女に当たったりするのはお門違いなのだ。 たかが誕生日。憶えていないから――大事に思っていないというわけではない。 だから、ジョーは微笑んだ。 何より、誰よりも大切で大好きなひとなのだから。 *** 「お誕生日、おめでとう」 ――え。 ジョーは耳を疑った。 だって。 「私が忘れていると思ったの?・・・忘れるわけ、ないでしょう。大事なあなたの大切な日なのに」 声が喉に絡む。 「あなたにはそうじゃなくても、私にはとても大切なの。・・・生まれてきてくれてありがとう、って神様がいるなら何度でも言うわ。ジョーを私に会わせてくれてありがとう、って」 ジョーはフランソワーズの腕を掴むと、そのまま引き寄せそして彼女の肩に顔を埋めた。 「・・・ジョー?どうかした?」 そう――何でもないことなのだ。 たかが誕生日じゃないか。 いったい、何がこんなに――
昔から、教会のみんなが勝手に祝ってくれていたから、みんなが喜ぶならそれでよかった。
その日が本当に誕生日なのかどうか。そんなことは二の次だった。
それは、身体が機械になったからという理由ではなく。
おそらく
誕生日を祝って欲しいと思うひとができたから、であろう。
それはひとつの夢だった。
「同じ時代に」ではなかったけれど、それでも、生まれて来なければ出会えなかった。
だから、誕生した日というのはジョーのなかで大切な意味を持つようになっていた。
例え、バレンタインデーを忘れ、ホワイトデーを忘れ、クリスマスを忘れても、それでもフランソワーズの誕生日だけは忘れなかった。
それは身勝手な子供っぽい思いかもしれないけれど、それでもジョーはそれが欲しかった。
彼女がそうして覚えていてくれて祝ってくれるのなら、自分は生まれてきて良かったのだと思えるから。
両親に望まれて生まれてきたのかすらわからない出自の自分。
だから、いつも――本当は生きていなくてもいいのではないかという思いがつきまとう。
ジョーは少しだけ期待していた。
朝食の席で、フランソワーズは何か言ってくれるだろうか。
大袈裟な誕生パーティなど期待してはいない。ただ、「ジョー、お誕生日おめでとう」そのひとことだけ欲しかった。
ジョーはカレンダーを睨みつけ、指を折って勘定した。
しかし、今日はやっぱり16日だった。間違いない。
食事もお誕生日っぽい雰囲気はなく、当然ながらケーキもなかった。
食事がごちそうだったり、好きなものばかりだったり、ろうそくの載ったケーキがあったり、・・・そんなものが欲しいわけではないのだ。
ただひとこと、祝って欲しいだけで――自分は生まれてきて良かったのだと思いたいだけで――
女の子が男の部屋に来るような時間ではない。
もうすぐ日付が変わる、そんな真夜中なのだから。
確か閉まっていたはずである。
声の主は、どうやらその先にいるようだった。
彼女の責任ではない。
彼女の思いをそんなことで判断するのもナンセンスだった。
今日の朝からずっと、そんなことは知らないとでも言うみたいに何も――
「・・・別に、大切なんかじゃ・・・」
「・・・・」
「ジョー?」
「――何でもないよ」(C)ヒロイさま
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