「初恋のひと」

 

 

「初恋のひと?」

 

僕はグレートの淹れてくれた紅茶のカップを持ち上げようと手をかけたまま、目の前のフランソワーズを見つめた。
先に質問に答えたほうがいいのか、今やりかけていた紅茶を飲むことを先にしたほうがいいのか決めかねて。

「・・・教会のシスターだけど」

一瞬迷って、結局両方を一緒にすることにした。
つまり、フランソワーズの質問に答えつつ紅茶も飲む――といった具合に。

 

「ふうん・・・そう」

 

フランソワーズは何かつまらないことを聞いたみたいに、そっけなく言って紅茶を飲んだ。
僕はカップを口につけたまま彼女の様子を窺う。
が、そんな僕の視線に気付いているのか気付いていないのか、フランソワーズは全くマイペースに目の前のクッキーをつまんで口に入れた。

 

「・・・あの」

「どんなひとだったの?」

 

言いかけた僕の声と彼女の声が被る。
いったん、ふたりとも黙って。

そうして再び口を開く。

 

「どんな、って」

「どうぞ。先に言って」

 

そうしてまた被る。
ちょっとむっとしたように黙るフランソワーズ。無言で紅茶をもうひとくち。

その隙に僕は質問に答える。

 

「・・・金髪で、蒼い瞳の」
「――ジョーがいた教会って日本よね?」
「うん。そうなんだけど、なぜか外国人のシスターがいたんだ」
「ふうん。・・・まぁ、いてもおかしくはないけれど。――で?」
「えっ?」
「私は別に外見だけを訊いたんじゃないわ。どんなひとだったの?」
「え。あ、うん・・・」

 

どうしてそんなに細かく訊くのだろうと思いながらも、僕は答える。
だって何だか――フランソワーズの機嫌が悪いから。

 

「その、・・・とても優しいひとだったよ。笑顔が綺麗で。手が白くて温かかった」
「・・・それって」
「ん?」

「――いい。何でもないわ」

 

フランソワーズは僕の答えを聞いてから、何だか機嫌が直ったみたいだった。
でも、――妙な顔で僕を見つめている。

 

「・・・なんか変?」
「えっ!?ううん、大丈夫よ。変じゃないわ」

 

聞くと、びくんと肩が揺れてなぜか慌てるフランソワーズ。

 

「・・・でも何だか・・・」
「気のせいよ、気のせいっ。そう、ジョーの初恋のひとってシスターなのね」
「う・・・うん。で、そういうフランソワーズは?」
「――私?」

 

ごちそうさま、と席を立とうとしていたフランソワーズがぎょっとした顔でこっちを見た。

 

「そ。そんなの、――お兄ちゃんよ。お兄ちゃん」
「・・・ジャン兄さん・・・?」
「そう!そうそうそうっ」
「・・・」

 

大きく頷きながら、手早くカップを片付け足早にリビングを出て行った。
その後ろ姿は、僕にこれ以上の質問や追及を許さなかった。

――ずるいよフランソワーズ。僕にはいろいろ訊いたくせに。

僕はため息をつくと、すっかりぬるくなった紅茶をひとくち飲んだ。

 

 

***

 

 

フランソワーズはキッチンでカップを洗うことに専念していた。

――ジョーの初恋って、初恋、って・・・つまり、あれって・・・

お母さんじゃないの!

 

ジョーの描写したシスターは、どうやら彼の思う母親像のようだった。

と、いうことは。

 

彼の「初恋」って、いったい・・・?

 

 

***

 

 

フランソワーズの初恋のひとはジャン兄さんなのかぁ・・・

 

ぬるい紅茶を飲みながら、ジョーはぼんやりと考えていた。
兄妹を初恋のひと、っていうのはよくある話だよなと思いながら。
そして、フランソワーズもそういう定型的な妹だったのは意外だったなと思いながら。

 

――フランソワーズは初恋のひとしか訊かなかったけど、僕はそんなに何度も恋なんてしてないよ。

だって、・・・初めて好きになったのはシスターだけど、その次ってフランソワーズだもの。

 

自分のセカンドラブはフランソワーズなんだなぁとぼんやり思うジョーだった。

本当は、それが「初恋」なのだとは気付かずに。

 

 

 

 

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