「アルバム」
「好きよ。・・・ジョーは?」 「僕も好きだよ」 「ずるいわ、ジョー。真似しないで」 対するジョーも少し拗ねたように答える。 「フランソワーズこそ僕の真似ばかりしてるじゃないか」 フランソワーズはますます唇を尖らせると、甘えるように言った。 「・・・だって、ジョーと同じがいいんだもの」 ジョーは情けなくも慌てた。 先刻から先日の海での写真を床に並べ、お互いに好きなものから拾い上げていたのだった。 「あーあ、もう、ジョーったら」 何も貼っていない、まっさらのアルバムを胸に抱いて、フランソワーズはジョーを見つめた。 「好きな写真を好きな順で貼りたいんだもの。いけない?」 それなら、別にアルバムに貼らなくてもいいんじゃないかと思う。 「私とジョーだけが見るの」 ジョーに見せたくて選んだ大胆なデザインの水着だった。 「え!あ!平気じゃないよっ!」 ダメだよ、冗談じゃない!と、散らばった写真をかきあつめる。 「フランソワーズ、アルバム貸して」 思わずフランソワーズを見つめる。 「ええと、・・・なんだっけ」 ジョーは、もしかしたら自分は勢いでとんでもないことを言ってしまったのかもしれないと思った。 「僕の、――ほら」 フランソワーズが促すように言う。 「ねえ、ジョー?」 ジョーはフランソワーズの視線から逃れようとあさっての方を見るが、それでも結局は彼女の目を見てしまう。 蒼い瞳。 海の蒼。 空の蒼。 大好きな――蒼。 「・・・僕の」 ジョーはごくんと唾を飲み込むと、手に持っていた写真を宙に放り投げ、フランソワーズを抱き締めた。 ジョーは、抱き締めたものの、手を離すタイミングはどうすればいいのか、それともこのままずっと抱き締めていてもいいものなのか考えていた。 とはいえ、一体いつになったら気がすむのか定かではないのだった。
ふたり、顔を見合わせて。
そうして、フランソワーズが軽く唇を尖らせた。
「してないよ。偶然だよ」
「してないわよ。失礼ね」
「だったらこれは?」
「好きよ。ジョーは?」
「僕も好きだよ。・・・ホラ。これは僕が先に好きだって言ったヤツじゃないか」
「あら、そうだったかしら?」
「そうだよ。だから、真似するなよ」
「えっ・・・」
フランソワーズがいつもより数倍可愛く見えたからかもしれない。
ともかく、手元が狂ってせっかくのスナップ写真がぱらぱらと床に落ちた。
いったい、いつ誰が撮ったものなのか。
ともかくそこには、二人の仲良しショットが満載だった。
「僕のせいじゃないよ」
「あら、ばらまいたのはジョーでしょう?せっかくまとめていたのに」
「まとめたって言っても好きなのから選んでいただけじゃないか。普通はこういうのって時系列にするもんだろ」
「いいじゃない。好きなのから並べて何が悪いの?ジョーだってそうしようって言ったじゃない」
「そうだけどさ」
「いいのよ、順番なんか。どうせ誰にも見せないんだから」
「え?アルバムに貼ってみんなに見せるんじゃなかったのか?」
「見せないわよ。嫌よ」
「えっ、じゃあなんで・・・」
「いや、いけなくは・・・ないケド」
誰にも見せないのなら。
「僕?」
「そうよ。だって・・・ジョーは平気なの?私、水着姿なのに」
「僕のフランソワーズを見せてたまるもんか!」
そうして全ての写真をまとめて、やっと一息ついた。
「イヤ」
「貼るんだろう?」
「今の言葉、もう一度言ってくれたら渡すわ」
「今の、って・・・」
フランソワーズはじっとジョーを見ている。
「忘れたふりをしても駄目よ」
「・・・」
「ほら。早く」
もしかしたら――好きだよ、とか、愛してるよ、とか、そういう言葉よりももっと――重大な言葉を。
ああやっぱり、その言葉かとジョーは焦った。今さら、ただの勢いで言っただけとは言えない。
それに――本当にただの勢いで言ったのかというと、実はそうでもないのだから。
「・・・」
吸い寄せられるように。
「僕の?」
フランソワーズは一瞬の出来事に、ばらばらと舞う写真に目を奪われたまま何が起きたのかわかっていない。
「僕のフランソワーズ!」
ふたりの周りに写真が散らばる。
「・・・ジョー」
小さな声で答えてフランソワーズはそのまま目を閉じた。
そうっとジョーにもたれるようにして。
が、すぐに答えは出た。
――僕のフランソワーズなんだから。
フランソワーズは嫌がっていないんだから。
だからきっと・・・このままでいいんだ。僕の気がすむまで。