「ハートのAが出てこない」

 

ハートのAは恋人のカード。
これが出れば、私の恋は成就する・・・はずなんだけど。

何度占っても、いっこうにハートのAが出てくる気配はなかった。

カードに異常はないし。
とすると――私の恋は、このまま一方通行で終わるということ?

そんなのって。

 

***

 

「フランソワーズ。何してるんだい?」

 

カードを切る私の背後から、ジョーがテーブルを覗き込む。

「最近、ずっとカードを使ってるよね。何のゲーム?」
「ゲームじゃないわ。占いよ」
「・・・占い?」
「そう。恋占い」
「こ――」

呆れたのか、ジョーは絶句した。
私はそんな彼には構わず、カードを順番に並べてゆく。

テーブルの上には5枚のカード。
今日こそは――ハートのAがでてくれるだろうか?

どうか――お願い。

念じながら、左の端のカードを返す。
お願い、ハートのAが出て。

 

でも。

 

「・・・ハートのJか。これってどういう意味?」

ジョーが訊くけれど無視する。

もう。お願いだから、黙っていて。
雑念が入ってしまう。

私は息を吸うと、精神を集中した。
この占いは、占っている時に占いの相手である「彼」のことを思っていなくてはならない。
邪魔されるわけにはいかないの。

ジョーのことだけを考えなくては。

彼と想いが通じ合うよう、それだけを祈るように。

「次のカードは・・・ん。またハート。の、Q。これってどういう」
「ジョー。黙って。気が散るわ」
「え、ああ――ごめん」

ハートのJとQ。決して良い兆候ではない。
これはどちらも――私の恋には障害がある、ということになる。

「ねえ、フランソワーズ」
「何?」
「いったい誰とのことを占っているんだい?」
「誰と、って?」
「いやあ、だってさ」

これって恋占いなんだろう――とジョーの声が響く。

あなたのことよと言ったら、ジョーはどんな顔をするだろうか。

 

「――秘密」

 

冷たく言って目を閉じる。
集中しなければ。

 

私はジョーと気持ちが通じるだろうか?

 

教えて。

 

お願い。

 

ハートの――

 

「あれ。今度はスペードか」

スペードのJ。
今日はJが2枚目。
つまり――邪魔者が2名ということ。

前途多難だわ。

軽くため息をつくと、ジョーがおずおずといった感じで質問してきた。

「いったい、どのカードが出ればいいのかな?」
「・・・ハートのAよ」
「ハートのA?」
「そう」

――恋人になる。という意味だ。

「ふうん・・・」

ジョーは何やら考え込んでいる様子だったけれど、背後に立っているから私には見えない。
ともかく、静かになったので、私は占いを続けた。

4枚目のカードをめくる。

 

「――あ」

 

今度は――クラブのK。

もう。
全然、駄目。
ハートのAはどこにいってしまったの?

どうして何度やっても出てこないの。

残りは一枚。
私は、続けてすぐ5枚目のカードをめくった。

ハートのAは――今日も出てきてはくれなかった。

 

ああもう。

 

私はテーブルの上に突っ伏した。

 

もう、イヤ。

 

***

 

「――ねえ、フランソワーズ」

 

しばらくして、ジョーが私の背中をつついた。
彼がまだ居たことに驚きながら、私は身体を起こした。

「・・・なあに?」

すると目の前に何かが差し出された。
近すぎてよくわからない。

「これ――」

 

それは。

 

ハートのAだった。

 

「えっ、どうして――」

どうしてジョーが持っているの?

「ドアのところに落ちてたんだけど」

嘘っ?

慌ててテーブルの上のカードを掻き集め、枚数を数えてみる。
51枚。
確かに1枚足りなかった。
つまり――占い始めた最初から、カードは51枚で、ハートのAは欠損してた、っていうこと?

脱力した。

なんたるドジ。

こんなの、占っても占ってもハートのAがでるわけないじゃない。

「酷いわ、ジョー。どうして早く言ってくれないの」
「え・・・だって、黙れって」
「――言ったけど、でもカードが落ちてたの教えてくれたっていいじゃない」

私は自分のドジを棚に上げ、ジョーに八つ当たりをした。
ジョーは困ったように眉を寄せると

「ともかく。これは返すから」

ほら、と私の手にハートのAを押し付けた。

「大事なカードなんだろう?いったい誰のことを占っているかしらないけどさ、・・・叶うといいね」
「・・・本気で言ってるの?」
「えっ」

ジョーのばか。

「・・・いや、だってさ。僕だって迷ったんだよ。その――恋占いなんて知らなかったし、このカードがそんなに重要だってことも知らなかったし」
「それにしたって、すぐ出してくれれば良かったじゃない」
「うん・・・最初はそのつもりだったんだけど」

だけど?

「――君が誰とのことを占っているのかなって思ったら・・・出したくなくなった」
「どうして?」

だって、このカードが出なければ、私の――恋は。

「・・・このカードが出たら困るから」
「どうしてジョーが困るの。なくて困ったのは私よ?」
「うん。あんなに落ち込むなんて思わなかったから」

ごめんね、と淡く笑むジョー。

「その――うまくいくといいね。相手と」

口早に言うと踵を返し、出て行ってしまった。
リビングにひとり残される私。

静寂が戻る。

 

 

――どうしてジョーが困るの。

 

私の質問は宙に漂ったまま残された。

答えは――ハートのAが知っている?