「一緒に、ね」

 

 

長蛇の列だった。


ジョーは、もっとしっかり予習しておくべきだったと唇を噛んだ。
既に一時間並んでいる。
まだ曇天なのがせめてもだった。これで晴天ならば熱射病と戦わなくてはならない。
しかし、曇天とはいっても気温は高く、空気は湿り気を帯びて肌にじっとり巻き付いてくるから、不快指数はこちらの方が高いかもしれなかった。

「ごめん。もっとちゃんと調べてくればよかった」

ジョーは傍らの金色の髪に話しかけた。
くるりと蒼い瞳がこちらを向いた。

「あら、ジョーが謝るなんておかしいわ」
「でも」

フランソワーズは小さく首を傾げた。

「いいじゃない。こうして待っているのも楽しいわ」
「そうかな」

そうだろうか。

自分に気を遣ってそう言っているだけではないだろうか。

ジョーはフランソワーズを見つめた。
首筋の汗。ワンピースも心なしか重く湿っているようだ。
薄いひらひらした素材を何て言うのか知らないが、それが風に微かに揺れる。
膝の見える丈はジョーを落ち着かなくさせた。
それを言うなら、胸元の切り替えや袖のあたりもそうだった。

およそ普段の彼女ではない。

戦闘服姿を見慣れていた目に、私服のフランソワーズは眩しかった。もちろん、一緒に住んでいるから、彼女の私服姿は何度も見ている。が、今日はいつもと違うのだ。

デートなのだから。

だからジョーも普段は着ないシャツなんか着ている。
最初は、だから落ち着かないのだろうと思っていたが、そうではなかった。

普段と違うフランソワーズ。

ジョーは彼女の爪先から頭のてっぺんまで視線を巡らせ、しみじみと頷いた。
なにしろ、

可愛い

のである。

それは初めてチャイナドレス姿を見た時と似ている感覚だった。
目が離せなくてずっと見ていたい気持ち。でも、ずっと見てはいられない落ち着かなくそわそわする感じ。どこかくすぐったくて、でもそれが不快ではなくて。
ジョーは笑うべきなのか、平気な顔をするべきなのかわからなくて、結局前髪で顔を隠してしまった。


「フランソワーズ。あのさ、たぶんまだ一時間くらいは動かないから、君はどこかでお茶でも飲んでて」
「えっ?」
「ほら、ずっと立ちっぱなしだし、その、足が痛くなるだろう?」


フランソワーズは華奢なサンダルを履いていた。踵も高い。


「僕が並んでいるからさ。ね?」

そう、せっかく可愛い格好をしているんだから、どこか涼しい所で過ごしていて欲しい。


「・・・ジョーは?」
「僕はいいよ。並んでいるし」

並ぶのは慣れているんだ。ほら、ニュースで言っていただろう?並ぶのが好きな日本人って。とやや早口で付け加えた。


「・・・でも」
「いいよ、平気だから」

笑顔のジョーを見つめ、フランソワーズは何か考えているようだった。


「ね?そうしよう、フランソワーズ」
「イヤ」
「え、でも」
「一緒に待ってる」
「だけど疲れるよ?」
「平気」
「だけど」
「だって、デートでしょう?」
「えっ?」
「デートなのよね?」

それとも私の勘違いかしらと寂しく目を伏せられたから、ジョーは慌てた。

「ち、違うよっ、で、デートだよ、ちゃんと」

声が大きくなったから、列の前後のひとが何事かとジョーを見た。

「あっ、いや、だからっ・・・」

耳が染まる。

「それとも私と一緒に待つのがいやなのかしら」
「え!違うよっ」
「だってまるで、私がいないほうがいいみたいな言い方だったわ」
「そうじゃないよ、そうじゃなくて」

ジョーは思わずフランソワーズの手をとっていた。


「一緒に待つのは楽しいよ!」

 

 

 

 

 

 

 

更に一時間が経過した。

二人はまだ並んでいる。状況はさっきとあまり変わっていない。

ただひとつ、手を繋いでいることを除いて。

汗ばむ手。

でも離さない。

離すタイミングをずっと探していたジョーだったけれど、途中でやめた。
なぜなら、本当は離したくないのだ。
そして、フランソワーズもどうやらそのようだったから、ジョーは繋いだ手を緩めようとはしなかった。


出だしは失敗したかもしれないけど、これはこれで楽しいのだから。

フランソワーズと一時間以上も手を繋いでいるなんて初めてだ。
それも長蛇の列のおかげ。
今日はずっとこうして並んでいるのもいいかなと思い始めた時、無情にも列は動いてしまったのだけど。
けれども今日は楽しい一日になるのに違いない。


「別々になるのはいやよ。ジョーと一緒にいるのがいい」


小さくそう言われたのだから。