目の前のひとは、信じられないことに女子の一番人気だった。 席替えをした隣の女の子と熱心に話し込んでいる。 「――本当?!わあ、嬉しいなあ!」 急にテンションが上がった隣の男性を思わず見つめる。 「じゃあ、このあとどこに行こうか」 どこ、って・・・? 「あの、今」 何の話をしていたのか憶えていない。 「嫌だな、一緒に消えようって言ったら、そうねって言ったじゃないか」 一緒に消えよう!? 「あの、私」 それはどうだろう。 すると、隣の席の女性と親密そうに話し込んでいたジョーがこちらを向いた。 「悪いけど、彼女は僕と先約があるんだ」 訝しげな声は、私の隣の男性とジョーの隣の女性の両方からあがった。 「――そうだよね?フランソワーズ」 低くて甘い声。 「し」 知らないわ。 そう言うつもりが言葉が出て来ない。 「いつそんな約束をしたんだ!?」 あくまでも食い下がる隣の男性。 「ずっと前」 言い捨てるとジョーは立ち上がり、私の腕をとった。 「さ。もう帰ろう。気がすんだろう?」 ジョーの指が腕にきつく食い込む。 「それとも、新たな出会いとやらを続けるかい?」 言葉とは裏腹に、彼は私の腕を引いて強引に席から立たせた。傍らに置いていたコートとバッグを手早くまとめて持つと、そのまま店内を大股に横切った。私は引き摺られるように後に続く。 ――あの二人。いったい何のつもりなの? 「離してっ」 抗っても腕はきつく掴まれたままであり、解放されたのは駐車場に着いてからだった。 「いったい、どういうつもりなの!?」 振り解くようにジョーの手を払う。 「どうって・・・帰るんだけど」 けれどもジョーはそれには答えず、車のロックを解除した。 「乗って」 戻りかけた私の腕を再び掴むジョー。痛い。 「そんなに戻りたい?」 睨みつけるジョーに一歩も退かず、睨み返す。 「駄目だ。許さないよ」 ほら、言えないくせに。 いつもいつもいつも。 「・・・離して」 また黙る。 「もういいでしょう?関係ないんだから、ジョーなんか――」 顔を上げて言った途端。
「――行くなよ」 ジョーの声が耳元で響く。命令のように。 「・・・行かないで」 哀願するように。 「行かないよね?」 確認するように。 私は黙って頷いた。 だって――ずるいわ、ジョー。
ジョーは「行かせない理由」を言葉ではなく、直接私の唇に告げたのだった。
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