目の前のひとは、信じられないことに女子の一番人気だった。

席替えをした隣の女の子と熱心に話し込んでいる。
私は自分の隣の男のひとの声に上の空で頷いた。

「――本当?!わあ、嬉しいなあ!」
「・・・えっ?」

急にテンションが上がった隣の男性を思わず見つめる。

「じゃあ、このあとどこに行こうか」

どこ、って・・・?

「あの、今」

何の話をしていたのか憶えていない。

「嫌だな、一緒に消えようって言ったら、そうねって言ったじゃないか」

一緒に消えよう!?
そんなこと、言ってた?

「あの、私」
「大丈夫。僕が先にトイレに立つから、しばらくしたら君もトイレに立つふりをして抜ければいい。誰にも気付かれないよ」

それはどうだろう。
何しろ、この店には私の保護者が少なくとも2名はいるのだから。目の前のひとはともかく。

すると、隣の席の女性と親密そうに話し込んでいたジョーがこちらを向いた。
あくまでも穏やかに。にっこりと笑みさえ浮かべて。

「悪いけど、彼女は僕と先約があるんだ」
「先約?」

訝しげな声は、私の隣の男性とジョーの隣の女性の両方からあがった。
それらにも全く動じず、ジョーは私から視線を逸らさない。

「――そうだよね?フランソワーズ」

低くて甘い声。

「し」

知らないわ。

そう言うつもりが言葉が出て来ない。

「いつそんな約束をしたんだ!?」

あくまでも食い下がる隣の男性。
確かに。
私とジョーは、ここで「はじめて」出会ったことになっており、更に――合コンが始まってから一度も会話などしていないのだから。
けれどもジョーは全く悪びれず、しれっと言った。

「ずっと前」
「ずっと前!?おい。今日初めて会ったって言ってたじゃないか」
「うん。でももう決まったことだから」

言い捨てるとジョーは立ち上がり、私の腕をとった。
私の隣の男性と、ジョーの隣の女性の視線が痛い。特にジョーの隣の子は、視線で私を殺そうとしているかのよう。

「さ。もう帰ろう。気がすんだろう?」
「えっ・・・」
「僕は行ってもいいなんて、ひとことだって言ってない」

ジョーの指が腕にきつく食い込む。

「それとも、新たな出会いとやらを続けるかい?」
「えっ・・・」

言葉とは裏腹に、彼は私の腕を引いて強引に席から立たせた。傍らに置いていたコートとバッグを手早くまとめて持つと、そのまま店内を大股に横切った。私は引き摺られるように後に続く。
途中、グレートと張々湖が顔を覗かせ、ジョーに何か合図をしていた。

――あの二人。いったい何のつもりなの?

「離してっ」

抗っても腕はきつく掴まれたままであり、解放されたのは駐車場に着いてからだった。

「いったい、どういうつもりなの!?」

振り解くようにジョーの手を払う。

「どうって・・・帰るんだけど」
「そうじゃなくて、どうしてあなたがここにいるのかって訊いてるの!」

けれどもジョーはそれには答えず、車のロックを解除した。

「乗って」
「イヤ」
「フランソワーズ」
「イヤよ。帰らないわ」

戻りかけた私の腕を再び掴むジョー。痛い。

「そんなに戻りたい?」
「戻りたいわ」

睨みつけるジョーに一歩も退かず、睨み返す。

「駄目だ。許さないよ」
「どうしてよ?ジョーには関係ないじゃない」
「関係あるよ」
「どんな?」
「・・・・」

ほら、言えないくせに。
何にも意思表示できないくせに。

いつもいつもいつも。
いつも――何にも言えないくせに。

「・・・離して」
「イヤだ」
「離して」
「イヤだ」
「ジョー」
「駄目だよ。だって離したら――行くんだろう?」
「ええ、戻るわ。それが?」
「――行くなよ」
「なぜ?」
「・・・・」

また黙る。
こんな――ジョーだから、私は。

「もういいでしょう?関係ないんだから、ジョーなんか――」

顔を上げて言った途端。

 

 

 

 

「――行くなよ」

ジョーの声が耳元で響く。命令のように。

「・・・行かないで」

哀願するように。

「行かないよね?」

確認するように。

私は黙って頷いた。
ジョーの胸におでこをつけて。

だって――ずるいわ、ジョー。
実力行使だなんて聞いてない。

 

ジョーは「行かせない理由」を言葉ではなく、直接私の唇に告げたのだった。

 

 

 

 

平ゼロトップへ