手のひらに汗をかいている――ような気がして、ちょっぴり気が引けた。
こんな汗っぽい女の子って彼はどう思うのだろう。
もしかしたら、汗かいてるよフランソワーズと言い出せなくて困っているのかもしれない。
一度そう思ったら、それが真実のような気がして仕方なくなった。
そう、きっとジョーは遠慮して何も言えないのに違いない。
本当は、こんな汗をかいた手のひらなんて気持ち悪くて離したいのに、気を遣って我慢してる。
我慢して――手を繋いでいる。
いたたまれず、思わず足を止めた。
片方が止まればもう片方も止まる。
手を繋いでいるのだから。
「――フランソワーズ。どうかした?」
怪訝そうな赤褐色の瞳。
こちらを向いたその顔の、――額には汗。
「あの……」
「うん。疲れた?」
「ううん」
じゃあ一体どうしたの――と、心配そうな顔をする。
今さら、なんでもないとは答えにくい雰囲気である。かといって、本当のことを言うのは憚られた。
それに。
そう言ったらジョーのことだ。更に気を遣って遠慮して――もう二度と手を繋いだりしないかもしれない。
それだけは嫌だった。
なにしろ、やっとなのだ。ジョーから手を繋いでくれたのは。
それに、――そう、ジョーが構わないと思っているならそれに甘えてしまえばいいではないか。
例え手のひらに汗をかいていて嫌だなぁと思っているとしても、それを我慢するくらい構わないと思ってくれているのなら。
つまりそれは、こうして手を繋いでいるということが不快ではないという証明になるのだから。
だから代わりにこう言った。
「ジョー、暑い?」
「えっ」
「おでこに汗が」
「あ。――いや、別に…」
フランソワーズの指摘に、何故か急に真っ赤に染まったジョーであった。
今度はフランソワーズが怪訝に思う番だった。
「ジョー?」
「え。なに」
「あの……」
熱でもあるのと顔を覗きこんでみても、ジョーは何でもない大丈夫と目を逸らせるばかり。
「――ただ暑いだけだよ。きみは平気?」
「え、うん……」
「そう。――あ、ごめん。手も汗かいちゃってて、気持ち悪いよね?」
慌てて手を離そうとしたから、
「あっ、そんなことないわ大丈夫」
こちらも慌ててしまった。
自分勝手に手を離したりしないで欲しかった。
「そのあの、たぶん、太陽のせいよ――暑いのは」
そうして二人で空を見た。
そうだった。晴天の浜辺なのだ。
珍しく晴れたので、散歩でもしようかとどちらからともなく言い出して延々と浜辺を歩いている。
足が砂に埋まってよろけたから、ジョーがフランソワーズの手を取って――なんとなくそのままずっと手を繋いでいた。否、離すタイミングを逸していたと言ったほうが正しいかもしれない。
あるいは、お互いにそのタイミングをわざと無視してきたと言うべきか。
真実は互いの胸のなかに在る。
「思っていたより暑かったね」
「ね。もっと風が涼しいかと思っていたのに」
本当は気温や風や太陽の光より何より、こうして過ごした時間の長さが問題だった。
ほんの数分程度、10分くらいの軽い散歩のつもりだったのに。
かれこれ一時間はこうして歩いているのだから。
それも何も語らずに。
ただ手を繋いで黙々と歩いている。
どこに向かっているのか。
何をしたいのか。
何か用があったわけではないのだ。
では、この不思議な散歩の行き着く先には何があるのだろう。
何をもってこの散歩は終わるのだろうか。
気がつけば、手を繋いだまま向かい合っていた。
「――暑い、ね」
「暑いわ、ね」
そろそろ帰ろうか――と、言う代わりに。
ふとお互いの距離が縮まった。
ジョーが手を引いた。ほんの少し。更に距離が縮まる。
「あ、の……ジョー?」
「――黙って」
繋いだ手と手に力がこもった。
あるいはこれが散歩の目的なのかもしれなかった。
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