「怪談?」

 

 

「……そして、振り返ったらお客さんは消えていた」
「タクシーを降りたんでしょ?」
「いや。ドアはロックしてあったし、それに」
「……それに?」
「シートは水で濡れていた」
「……なにかこぼしたんじゃない?」
「違う。霧が晴れてきたので、運転手は周りを見てみた。そうしたら」
「そうしたら?」
「そこは、海難事故が多くて有名な岬だった。あと数メートル進んでいたら、車は海に落ちていたんだ」

ほら、怖いだろう?とジョーはフランソワーズを見た。

仕入れたばかりの、とっておきの怪談である。
いくらフランソワーズでも怖がるに違いない。そして、自分の腕に抱きつくだろう。

怖いわ、ジョー!
とか言って。

ジョーは自分の空想に頬が緩みかけたが、ぐっと堪えた。

「……ねえ、ジョー。それって」
「うん?」
「海難事故が多いことを教えてくれたんじゃない?」
「え、うん。そうかもしれない」
「だったら行かなくちゃ」
「へ?行くってどこへ」
「その岬よ!きっと調査されるのを待ってるんだわ!」
「え、調査?」
「場所はどこ?」
「えっ、知らないよ」
「だめねえ、もう!いいわ、ピュンマにきいてくるから!」

部屋を出ていく後ろ姿にジョーは空しく腕を伸ばした。

違うんだって、フランソワーズ。
これはあくまでも怪談で……

真面目なフランソワーズ。あるいは、文化の違いだろうか。

実は、この話に大いにびびったジョーだったから、平然としていたフランソワーズに少なからずショックを受けた。

「……なんで怖くないんだよ」