「キライ」 

 

 

 

絶対に嫌われていると思っていた。

 

だって、話しかけても何にも応えてくれないし。

近付くと、その分離れるし。

そっけなくて、冷たくて、どうでもいいみたいに。

戦闘中に助けてくれるのだって、加速装置を持っているから仕方なく――という具合だったし。
どうして僕がやらなくちゃいけないんだ?そう思っているような顔をして。

 

だったら別に結構よ?誰もあなたに助けてくれなんて言ってないわ。

 

そう言ってみた。ある日の午後。

当然、無視されると思っていた。私のことなんてどうでもいい――いつもそういう態度だったから。
だから、そう言ってみた――だけだったのに。

 

どうしてそんな顔をするの?

どうしてそんな――傷ついたみたいな顔をするの?

だって、私のことなんかどうでもいいんでしょ?
好きか嫌いかといえば、どちらかというと嫌いなはずでしょ?

だったら、私に好かれようが嫌われようがどうでもいいじゃない。

なのに、そんな顔をするなんて・・・ずるいわよ。

ずるい。

 

 

***

 

 

「そんなこと、あったっけ?」

私の話に一瞬考え込んで――あっけなく白旗を揚げた。

「あったわよ。――ジョーって酷いひと、って初めて思った記念日だもの」
「記念日、って」
酷いのは君じゃないかとブツブツ言っている。

「アラ、何か言いました?」
「――言ってません」

 

嫌われていると思っていたのは、彼の――ジョーの、あまりにもわかりにくい愛情表現のせいで――後に、私はものすごーく彼に好かれていたのだということがわかったのだった。
もちろん、それだってとんでもなく時間がかかったのだけど。

彼には両親がいない。
家族と呼べるものもいなかった。
もの心ついたときから、他人の中にいた。いつも独りで。
だから、注がれる愛情にどう応えたらいいのかがわからない。愛情を注がれていることにもなかなか気付かない。何しろ――そもそも「愛情」というものを知らないのだから、気付きようもない。
だから、自分が誰かを愛していることも、愛されていることも、なかなか自覚できずにいた。

そう言っていた。

 

 

***

 

 

本当は、憶えている。――忘れるはずなんかない。
何しろ、僕はあの時はじめて、君に嫌われていることに気がついたんだから。
そして、同時に
僕は君が好きだということにも気付いたんだ。

 

君を助けるのは、義務なんかじゃない。
僕がそうしたいから、していたことであって――なのに、彼女は僕なんかじゃイヤだという。
――そんなのって。

どうして?

僕が君に何か――

 

――そうか、僕は・・・ずうっと君に嫌われていたんだ。

なのに、全然気付いていなかった。

 

別に構わないはずだった。
彼女に嫌われていようがどうだろうが、僕には全然関係ない。

関係ない・・・はずなのに。

何故だろう。

彼女の――フランソワーズの顔を見ているのが、ひどく辛くなって――
だけど、「僕はフランソワーズに嫌われている」
そう知る事が、どうしてこんなに辛いのかわからなかった。

だから、考えて

 

考えて

 

考えて――

 

 

 

それが、君に教えてもらった初めての温かい感情だった。
以来、僕は彼女に「愛情」というものの受け取り方、返し方、与え方をいつもいつも教えてもらっている。

 

 

***

 

 

「――もう。どうして忘れちゃってるのかしらねぇ。私にとって、絶対に忘れられない悲しい日なのに」
「悲しい?どうして」
「いっぱい泣いたもの。その日の夜に」
「ええっ」

泣いたと聞いて、本当に驚いているジョー。過去の話で、いま泣いているわけじゃないのに。
おろおろして、挙動不審になっている。どうすればいいのかわからないみたいに。

もう・・・ばかね。こういう時は・・・

「――ね、ジョー。抱っこして」
「え?」
「早く」
「え、でも」

ぎこちなく伸ばされる腕。

「女の子が泣いちゃったのよ?抱っこしてヨシヨシするのが男の子でしょ?」
「え、あ・・・そうだね」

そうして私を抱き寄せて、しっかりと胸に抱く。
頭を撫でて――ヨシヨシ、ってちょっと!

「本当にヨシヨシしなくってもいいの!私は赤ちゃんじゃないんだから」
「――ん。赤ちゃんじゃなかったっけ」

見上げると、いたずらっぽい瞳に見つめられた。

優しい赤褐色の瞳。
まっすぐに私を見つめる瞳。

「もう・・・ジョーのばか」

じっと見つめる優しい瞳に、思わず俯きそうになった時――

「――黙って」

そう小さく言って、ジョーは私の・・・

 

***

 

ねぇ、ジョー?

私ね、あなたに嫌われていると思っていた頃は本当に悲しかったのよ?

だって、嫌われているのが悲しい――ということは、嫌われたくないということでしょう?
それに気付いた時から、あなたのことばかり見つめていたの。

あなたに関わる女の子たちがいつも気になって。妬いて。妬いて妬いて――切なくて苦しかった。
そのうち、あなたはどこかの女の子を好きになって、そうして一緒に行ってしまうものだと思っていたから。
だから、女の子が現れる度に不安で不安で仕方なかった。
一緒に居るところを見るのは苦しくて辛かったけれど、それでも目を逸らすのも怖かった。

ねぇ、ジョー?

もうどこにも行かないでね。

私の前からいなくならないでね。

あなたを犠牲に選んだイワンを本気で憎んだ私なのだから。

あなたが本当にいなくなったら――私は自分がどうなるか、何をするか、想像も出来ないわ。
そんなの、あなただっておちおち宇宙で散ってなんかいられないでしょう?
安心させてなんか、あげない。
私のそばにいないと、私が何をしでかすのか不安で不安で仕方なくしちゃうもの。

だから。

どこにも行っちゃだめ。

いなくなったりしたら許さない。

 

大好きよ、私のジョー。