平ゼロ「嫌い!」
「嫌い!」 言われた瞬間、世界が凍結した。 ――ああ、そうか。僕はまた…ひとりだけ、時間軸の異なる世界に来てしまったんだ。でも今回は加速装置の故障なんかじゃない。きっとこれは、僕が「彼女に嫌われている世界」にいたくないから、自発的にこちらの世界に来たわけで じゃ、ない。 加速装置が壊れてるっ! だって僕は今、違う時間軸に行ったはずなのにどうして―― 「ジョー、こっち見て」 フランソワーズが僕の頬を手のひらで包み込み――ああなんて温かくて柔らかいんだろう――目と目を合わせた。 「ね?いいわよね?」 何が? 「私、どうしても好きになれないの」 僕のことが? 「というか嫌いなのよね。どっちかというと」 嫌いって言われた…二回も。もう駄目だ。僕は立ち直れない。このまま世界が終わるまで待つしかない。 「ねえ、聞いてる?ジョー」 僕を嫌いだっていうことをね。 「じゃあ、いいわよね?」 だから何が。って、おいおいフランソワーズ、ちょっと待っ… 「私、ずうーっと前からこのシャツ大嫌いだったの。大体ジョーに似合わないし」 言いながら僕の着ているシャツを脱がせ、アンダーシャツも色味がいまひとつだと言ってさっさと脱がせた。 「それに…どこかのファンに貰ったんでしょう?そういうの、私とのお出掛けに着るなんてどうかしら」 ――ん? え。 それってまさかと思うけど… 「やきもち?」 途端に頬を染めるから、言葉は否定していてもそれってそういうことだよね? 「や、も、ジョー、何嬉しそうに…きゃっ」 いくらそういうことに鈍い僕でもきっと間違っていないはず。 「ジョー、重いぃ」 知らないな。 「さっきの脱いだからもう嫌いじゃないんだよね?」 大体、脱がせたのはフランソワーズのほうだしね?
何も聞こえてこない。音のない世界。
何も感じない。全てが虚構の世界。
だから…おそらくこれからずっとこのままここにいるんだろうな。だって「彼女に嫌われた世界」に戻りたくなんかないし。それにここにいれば、そう…こうして大好きなフランソワーズの顔をずっと眺めていられる。信じられないかもしれなけれど、僕はこうしてフランソワーズの顔をただじっと眺めているだけで何時間でも過ごせるんだ。もしかしたら何時間なんてレベルではなく何ヶ月、あるいは何年も平気かもしれない。まあ、できたら怒っている顔なんかじゃなくて笑っている顔だったらもっといいのだけど、何、数年も経った頃には笑顔に変わっているかもしれないから、気長に待てばいい。そうと決まればフランソワーズを眺められるベストポジションに腰を据えることにして――
「あれ?」
「何よ?」
「動いてる?」
「は?」
「っていうか、喋ってる…のが聞こえる」
「当たり前でしょ…大丈夫、ジョー」
「大丈夫…」
「うん…」
僕はただされるがままだ。
「えっ?ち、違うわよばか」
その証拠に、そのまま押し倒してもフランソワーズは抵抗らしい抵抗をしなかった。
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